ひと×ひと ホームページ移行のお知らせ


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過去の記事はこのままこちらでお楽しみいただき、今後の新しい記事ひと×ひとホームページにてお楽しみください!

 

今後もひと×ひとをお楽しみに!

 

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#06  にがおえりんごさん (似顔絵師/仙台市)

誰もが持っている「自分を形成しているもの」

それをゲスト本人に5つ選んでいただき、

どういう人かを紐解いていきます。

6人目のゲストは似顔絵師の

「にがおえりんご」さんです。

 


 

 

暮らし人*グランドオープンの日、記念すべき日に

ひと×ひと学生メンバー+新社会人メンバー3人が

初めて彼らだけでインタビューを行いました。

インタビュー場所に選んだのはもちろん暮らし人!

緊張を隠せないながらも、今回はこの人にインタビューします、

仙台を拠点に似顔絵師として活躍されているりんごちゃん! 

 

 

──今日はよろしくお願いします、では早速自己紹介をよろしくお願いします!

 

本名は伊藤小百合です。みんなに「りんご」って呼ばれています。

りんごと呼ばれ始めたきっかけは、東京で似顔絵の勉強していた時、先生達から「りんごちゃん」と呼ばれたことです。

青森出身ということと当時の自分の見た目からだと思います。(りんごのような髪色でした。)


 

──にがおえりんごを始めたきっかけを教えて下さい。

 

絵は小さい時から好きでした。3人兄弟で年が離れているので、一人で絵を描くことが多かったですね。

中学校の時は美術部に入ったんですが、賞とかをとるような天才型ではなくて、ただ純粋に絵を描くのが好きだったんですよね。

将来も絵を描きたいなとは思いつつ、絵の仕事といっても中学生の自分にとって「絵」で食べている職業は身近には無くて、

「漫画家」や「画家」という非現実的なものよりは、身近な美術の先生になれたらいいなってなんとなく夢描いてました。

 

──そこからどうやって似顔絵屋さんの道へ?

 

美術の勉強のために、高校はデザイン専攻を選択して、絵やデザインに関する基礎を学びました。

でも高校の途中で「好きな事だけど、上手い人はもっといる」現実を目の当たりにして、絵の仕事は半分諦めてましたね。

祖母を亡くした時から介護の仕事に興味があったので福祉の方に進学して就職しました。

 

介護福祉士になってからも、ARTやデザインとの関わりはあって、やっぱり絵の仕事がしたいなと思って。


似顔絵屋さんって接客のある「絵の仕事」なんですよね。

接客や人が好きな自分に最も向いている職業だなと思って。

 

東京で色々な似顔絵屋さんに描いてもらった時に、憧れた人がいてその人を目指して上京し、

カリカチュア(誇張するユーモアのあるイラスト)を勉強して、カリカチュアアーティストになりました。


今までも「似顔絵屋さん」というのは変わらずに、いろいろな職業の経験をしながらやってきました。

今後、自分がどんな風になっていくのかは、私自身も決めて無いので未知ですね(笑)



喜ばせたい、笑わせたい

笑いのパワーが自分自身の原動力

小さい頃から全然人見知りをしなくて、人を喜ばせるのがすごく好きだったんです。

似顔絵も同じきっかけで、笑ってほしくてやっています。

似顔絵師って描いてる時にあまり喋らない人が多い印象がありました。でも私の好きな似顔絵師さんがすごく喋る人で。

私も人と喋るのが好きなので、似顔絵も喋りながら描きます。

 

似顔絵師は、絵もかけるし笑ってもらえるし喋れるし、だから楽しいです。

喜ばせたい、笑わせたいというのが自分の中ではすごく重要なことだと思っています。

接客の時に、その人とのつながりを探して、話して笑ってもらうというのを

私が一番大事にしてることなので、このワードとして選びました。

 

──似顔絵を描く上で大切にしていることなんですね。

 

初めて私の似顔絵のリピーター、ファンになってくれた人がお笑い芸人でした。

浅草に駆け出しの若手芸人の出る舞台があるんですが、そこの芸人さんたちの宣伝用の似顔絵を描いてたんですね。

描いてる間、私がボケて芸人さんがツッコミ役。その後も下北沢にできた若手芸人さんの舞台でも似顔絵を頼んでくれて。

みなさん「こんなに盛り上がって描いてもらったことない」って言ってくれて、ありがたいことに今でも繋がりがあります。

 

──人を笑わせることが、自身の楽しみでもあるんですね。

 

基本的に、誰かがいるということが大事で、人がいない仕事はしないと思っています。

目の前のお客さんの反応が見たいから、メールで似顔絵の注文を受けても直接渡したりとか。

似顔絵を渡す瞬間って、めっちゃ楽しくて最高なの!!

描いてる途中は見せずに、最後にバン!って見せた時に笑いが起きると鳥肌が立つんですよね。

だから絵を描くのはパフォーマンス・エンターテインメントだと思ってます。

 

描いてる時、横を通り過ぎる人とか後ろの人にわざと見せてます。

後ろから見てる人はお客さんも絵も見えますよね?そうするとお客さん同士が他人なのに会話するんです。

「似てますか?」「めっちゃ似てます」とか。その絵を渡した時の風景が何重にも広がって繋がっていくのがとても楽しい。

笑いの力って、プラスのパワー。他の仕事を選ぶ時にも大事にしてます。

 

──人を笑わせるのが好きなのは、家族みなさんもそうなんですか?

 

あ~そうかもしれない!

 父も母も喜ばせることが好きで、すごく笑ってる家族だと思います。特に母親は、自分の人生にとても影響を与えてる人。

記念日でもなんでも無い日にもプレゼントをするのがとても大好きな人だし、たくさんの人がいる場でも明るく目立つ人で、

生粋のパフォーマーなのかも!それを見ていると、私も母も同じなのかなと思いますね。


絵を描くときには

必ず先に人がいる

1つめのワードでも少し話したのですが、人がとにかく好きなんだと思いますね。

私が絵を描く時に必ず人がいます。風景の絵を描いたときも必ず人がいます。

人のいないものを描いたとしても、それをもらって喜ぶ人を想像して描いてます。必ずその奥には人の存在があるんです。

 

デッサン会で水族館に行った時、普通は魚を描きますよね。

でも私は魚を見てる人を描いてました。可愛いおばあちゃんとか。

注目してしまうのはやっぱり人なんです。魚に反応してる人を描く、

魚を見ててもこの魚あの人に似てるって思っちゃったりして(笑)

 

──人がいつもいるんですね!

 

いつも気づいたら人を描いてますね。”対ひと”を大事にしてます。

アーティストは、自分を表現する人だと思っています。でも私は自分を表現するのがとても苦手。

誰かがいて、その誰かを表現してあげることの方がすごく得意なんですよね。

人と人を繋げるのものすごく好きですし。人と人を繋げて、それを広げて、結んでいくのが好きなんですね。

それをきっかけに仕事をもらったりもしました。人がいなかったら私は絵を描いてないですね。

だからとても大事なものかな。仕事は喜ぶ人のためにやっています。

 

色々な仕事をする上でも「人」は大切で、人の評価を気にすることは良くないとよく言いますが、私は違うと考えています。

人に評価してもらうことこそ、私が見つけられない部分を見つけてくれるから、人の意見をしっかりと聞くようにしてます。

環境より人が大事だと思っています。この人たちと一緒に働きたいなって思った人たちとは長く続きますね。

 

──人を嫌いになる、という経験はなかったんですか?

 

どうなんでしょう…正直、人付き合いが嫌なときもありました。

高校生の時に、仲間外れになったことがあったので。

傷つけられた経験もあるから、人を傷つけたくないなって思います。

正義の味方ってわけではないですけど、自分の心が動く方向に行きたいですし、人を助けるということをすごく大事にしていきたいです。

 

介護福祉士をやっていた経験もあって、困っていることに先に気づくことも多いですね。

ホスピタリティーの精神というか、助けてあげたい、役に立ちたいっていうのが強いと思います。


音楽の力が自分を変えてくれた。

音楽と絵の共通点とは…?

音楽は、奏でるより聴く方が好きです。

初めて勤めた似顔絵屋さんを辞めて独立した時に、似顔絵屋さんとしてFUJI ROCKに出店したんです。確か2014年でした。

その時、音楽の力に気付きました。人を引き寄せたり、まとめる力ですね。

自分にはなかった部分を補ってくれるんだと思いました。

 

FUJI ROCKに出店した後から、音楽がある場所で出店することが多いです。

絵を描く時に音がすごく必要と思ったのはFUJI ROCKからですね。

私がうるさいから、そういう時に音楽で沈める効果もありますし。(笑)

 

私、実は絵を描く時にすごく緊張するんです。前の日に全然眠れないときもあって。

どんな人が来るんだろう、どんな絵が描けるんだろうっていう高揚感からくるんだと思います。

でも、音楽と出会ってから、自分のリズムをつかめるようになりました。ジンクスではないですけど、

これを聴いてから出かけよう、というのもあります。

 

私は自分を表現するアーティストではないから、自分を表現するために作る音楽のアーティストたちはとても尊敬します。

自分はできないからこそ、ですね。

 

──自身をコントロールするものでもあり、「にがおえりんご」としても重要なんですね。

 

雰囲気を作ってくれるものは音楽なんだなと思います。仕事をしてて感じるんですが、その音楽の雰囲気に合った人がそこに集まるんですね。

私には作れないものを用意してくれる媒体だと思います。


デザインって何?

デザインから学んだこと。

今もデザイナーの仕事はしています。デザインって、ものすごく広いんですよ。

「デザイン」やってますっていうと、服を作ってる人と思われることが多かったり。

「〇〇デザイナー」ってつく職業も多くなりましたし、今現代に一番多いのは「デザイナー」なんじゃないかなと思います。

私はわかりやすく伝えることがデザインだと思っています。

わかりづらいものを噛み砕いて心に伝えやすくすることかな。

 

似顔絵を描く時に第一印象で10分間で描いていくんですが、バーって描いていく時に書き足し過ぎてしまうことが多くて。

逆に第一印象から情報が増えるから似てない絵になってしまうことがありました。

デザインの仕事してからは、余白をうまく使えるようになりました。

わかりやすく、見やすくすることができるようになりましたね。

 

絵に余白や文字を入れたりする表現の力を入れられたのはデザインの仕事をしてからです。

高校生の時に「情報デザイン科」という学科だったんですが、ある一つのもの生み出すだけではなく、

それをどうやって噛み砕いて説明していくか、ということを勉強しました。

情報デザインで勉強したからこそ、自己プロデュースが上手だと思います。

似顔絵はその人の説明する設計図、説明書です。顔の外見の説明だけではないんです。

笑わない人は絶対笑顔で描かないです。第一印象にもよりますが、その人らしさ、その人の良さを伝えるための説明書だから。

場面場面でどういう風に伝えるか、上手に伝える方法をデザインに教えてもらいました。

 

──それが根本にあるんですね。

 

デザイナーとして働いたことで、幅が広がったと思います。

似顔絵だけ描いてたらあまり認識してもらえてなかったかもしれません。

人を表現することが多いから、それをどう上手に伝えるかを考えた時に、デザインってすごく大事だと思いました。

どうすればその人のためになるか、助けられるか、そういうホスピタリティーなデザインも好きです。

ユニバーサルデザインとかの本も好きで良く読みますし、ユニバーサルデザインに設計された文房具とかすぐ買います(笑)

そう思うと、デザインも誰かのために作るものですね。

 

デザインの仕事も元々は似顔絵のためにと思って始めたんです。

似顔絵の仕事で「SNSに使うアイコンをデータ(イラストレーターやフォトショップ)で描けないか」と依頼されたことがありました。

もうデザインの知識は乏しかったし、自分に足りないものも見えたのでもう一度デザインを学びたいなと思い、

ソーシャルゲームのキャラクターやアイコンを作る仕事に転職して、ほとんど1から必死に学びながら仕事をする毎日でした。

 

その中で出会ったデザイナーがとても尊敬できる人で。

その人に出会ってなかったらもっと早くにデザインの仕事は辞めたというくらい(笑)

デザインで創るの楽しさや、日常生活の中で「ART」や「デザイン」と触れ合うことの大切さ。

人間として成長できたのもその人のおかげだと思いますね。


着るだけで勇気をくれる!

ファッション=「?」

ファッションは好きですが、高校生の時はそんなにオシャレではなかったです(笑)

今はファッションは自己プロデュースなのかなと思ってます。

 

青森にいた時、「LINK」というグループに出会いました。

今はハンドメイド作家が自由に売り買いできるサイトもありますが、

そういうのが無い頃から若い作家たちが集まって、定期的にデパートで催事場を借りて販売会をしている集団で。

 

その中に歳の近い女の子が作ったブランドがあるんですが、私は、彼女の作るワンピースがすごく好きでした。

彼女の選んだ生地の色も、作る形もセンスが良くて可愛いんですよね。

他にはどこにも売ってないこの世界に1着だけの特別なワンピースという、ワクワクするテーマでいつも新作が楽しみでした。

 

彼女の洋服を買い始めた時から、出かけるのが楽しくなりましたね。

気持ちを上げてくれるもの、それを着ると外に行きたくなる、見せたくなるんですよね。

それで行ったことがない場所にも行ってみたり。場所が変わると出会う人も変わるんですよね。
 出会う人が変わると自分自身の中身も変わる。こんなにも変わるんだって思って。

好きな服を着ることで自分らしくいられる、人前に出る勇気をくれます。

今では彼女は東京でアーティストの衣装デザインなどをしているそうです。

 

──ファッションはなくてはならないものものなんですね。

 

絵を描く時は必ず赤い服や帽子をかぶって、「あ、りんごちゃん!」って遠くからでも見つけてもらえるようにしています。

ちょっとデザイン的に言うと、認識してもらいやすく「イメージカラー」で彩るという工夫をしてます。

「りんごちゃん」のイメージに合う洋服を着ることによって、ファンに覚えてもらうことも多くなりましたよ。

もし地味な服を着てたら全然違いますね、赤い服を着てるのとでは(笑)

 

以前、陸前高田で似顔絵描きに行ったことがあって、赤い服は着てなかったけど「りんごちゃん」って名乗っていて。

そこから何年も立ってから、仙台のイベントで似顔絵を描いた時に、

ある親子が「覚えてます?今9歳になるんだけど当時4歳ぐらいで。」と。

陸前高田で似顔絵を描いた親子だったんです!!

「似顔絵屋さんで赤い服着てるから、もしかしてりんごちゃんかと思って!」って言われて(笑)

 

赤い服着ててよかったなって思いました。

「ファッション=自分を表現してくれるもの」ですね。

服はきっかけを繋げてくれるものでもある。

 

──似顔絵を描くときにもファッションを意識していますか?

 

最近意識してることは、似顔絵をもらった人が、後で見返した時に、「あ、このペンダント描いてる!」とか、

子供だったら着ていた服のアンパンマンを入れてあげたりとか。

大切な思い出のものだったり、それがきっかけでご機嫌になる子供がいたり、

持ち物の中にその人の好きな色が入ってたりするので、

絵を仕上げる時にその色を入れてあげたりとか…洋服をちゃんと描くとすごく喜んでもらえます。

自分のためにも人のためにも大事にしてることの一つですね。

 

──ファッションってその人の印象に与える影響が大きいですよね。

 

そうですね。なるべくオシャレでいたいです。オシャレな人に描いてほしいじゃないですか(笑)

こういう人に描いて欲しいな…という人に自分がなる。舞台に立ってるような感じです。

演じてはないけど、自分を引き締めてくれます。

 

──最後に、これまで色々な仕事をされてきたりんごさんですが、今後はどんなふうになっていきたいですか?

 

今までは「何屋さんですか?」って聞かれた時に、「似顔絵屋さん」って答えてたんです。

でもそれだと自分を表現する時に難しいなと思ったので、自分を表現するために「自分屋さん」って言ってます。

「自分屋さん」っていう仕事を作るために、いろんなことをしてる。

なので今後どうしたいというのはあまりないのですが、似顔絵屋さんに限らず何か必ず自分を表現するものをやっていくだろうと思っています。

どんな自分になるか、自分も楽しみにしてます(笑)

 

あと、いつもセンスを磨いていきたいです。何歳になっても誰かに憧れられる大人でありたい。
 あの人みたいになりたいんですって言ってもらえたら本望です(笑)


インタビュー中も、こちらが自然と笑顔になってしまうような雰囲気でした。

インタビューしながらも、こちらのことを気にかけてくれたり「対ひと」を常に大事にしていることが伝わってきました。

この魅力がひとを惹きつけているのだと思います。これからの「自分屋さん」の活動も楽しみです!

 

インタビュアー:細谷大地・押野望佳・庄子采伽

 

 りんごさんの情報はこちらで!

▶HPhttp://nigaoeringo.thebase.in/

▶FBhttps://www.facebook.com/nigaoeringo/」

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#05  日沖亜也子さん (ウェディングプランナー/仙台市)

誰もが持っている「自分を形成しているもの」

それをゲスト本人に5つ選んでいただき、

どういう人かを紐解いて行きます。

5人目のゲストはウェディングプランナーの日沖亜也子さんです。

 


1.ウェディングプランナー

オリンピックの開会式を作る人になりたかった!?

そこからどう変化したのか

──今日はよろしくお願いします。まず日沖さんのプロフィールを簡単にご紹介お願いします。

 

福島県の郡山市の出身で、大学は東京の学校に行っていました。
地元に戻って結婚式の仕事について、出産したり、一回仕事を辞めたり、別の仕事についたりして、今はフリーのウェディングプランナーに落ち着いた感じです。

今フリーでウェディングプランナーをしているのでそのワードになったんですけど。小学生の時にオリンピックの開会式を見て、ずっと開会式を作る人になりたいと思っていました(笑)大学進学する時もその道が多少ある大学を選んで入ったんですけど、大学にはほとんど行かず。なのでウェディングプランナーに変更したのかっていうのが、今となってはちょっと曖昧なんですけど(笑)人が集まる場所が好きなので、そこに関わっていたいなと思ってました。

 

──ウェディングプランナーになったきっかけは?

 

事情があって地元に戻ってしばらく居酒屋のバイトをしていました。そこで知り合ったレストランウェディングをやってる人にお声掛けいただき仲間に入れてもらいました。

 

──最初に入った会社はどんな会社でしたか?

 

レストランウェディングをやってるレストランにお世話になりました。そのあとは旅館のウェディングをしているところにお世話になって。そこの若女将が統括してたんですけど、その若女将がすごい人だったので、大きな影響を受けました。出産して仙台にきてから、「ママが得意を生かそう」というイベントの実行委員をさせていただいたことがあって。そこでフリーのカメラマンと、メイクの方と知り合って、私にできることと言ったらプランナーしかないし、やってみようかなと始めたのが今の働き方のきっかけです。

 

──生活がベースにあって、“それプラスで出来る何か”っていう感じだったんですね。

 

母でもあるので、子供の面倒もみないといけないですし。
うちの主人は土日出勤の仕事の為頼れないので、その中で出来る範囲でできることをと思ってやっていますね。
自宅で打合せをさせてもらいますが、別室には子供がいたりします。一ヶ月に一回できればいいなって思っています。まあその辺を含めて面白いと思ってくれる人がいれば。

 

──でも微笑ましいですよね。

 

皆さん結構そう言ってくれるんですよ。始める前は、「ちょっとそれないんじゃないの」とか思ってたんですけど、子供も打ち合わせの場所や別室にいたりすることもありますという事を、事前にお客様にはお伝えしているので。今はやってみてよかったのかなとか、お客様の理解がありがたいなあと思ってます。

 

 ──お申し込みされる方は何を通じてご依頼されることが多いですか?

 

今はインスタグラムを通してが多いですね。他にどこにも広告をうっていないので。インスタグラムから問い合わせてくれるってすごいことですよね。よく見つけてくれるなと。

 

──インスタグラムの影響大きいですね。ご依頼される方の年代は?

 

30代前後の方が多いですね。40代まではいかないかなあ。やっぱり、自分でお金出して結婚できるっていう世代なんだと思います。

 

──そうですよね。安いものではないですからね。

 

ご両親の援助はあまり受けたくないとか、受けないですとかいう方が多いですね。援助受ける方はやっぱりご両親の意向も組まないといけないので、私には行き着かないんじゃないかと思います。私自身いかにも“結婚式”っていう華々しい感じが好きじゃないので。プリンセスドレス(スカート部分が大きく膨らんだ華やかで可愛らしいデザインのドレス)にあこがれたことがないっていう(笑)

 

──カジュアルなテイストが多いですか?

 

そうですね。そういうのじゃないと作れない。自分の発想にないことはできないので。公園で行う式も理想ですね。本当に、カジュアルに身近にあるもので、ないものはないもので工夫するとか。そういう方が好きですね。
現在マルシェと結婚式を組み合わせたものを形にしている途中なんです。1 to 2ビル(仙台市青葉区にあるカフェ、ショップの複合施設)でお世話になる予定です。引き出物をマルシェの中から選んで、パーティーもして、一般の人にもマルシェに入ってもらえるし、ちょこっとお祝いの感じで見てもらえるようなウェディングを作りたいなと思うんです。

 

──面白そうですね!

 

理想としてあったものがようやく形になりそうな感じです。まずは1月に1 to 2ビルでフェアみたいなことを行なってイメージ作りを提供できたらいいなと。来年くらいから申し込みいただいたら動けるようにしようと思っています。

 

──具体的にウェディングプランナーのお仕事は、どんなことをされるんですか?本当に一から十までなんですか?

 

新郎新婦お二人の要望を聞いてそれを叶えられる場所を探して、打ち合わせして、喧嘩の仲裁して(笑)準備して、当日も会場にいます。申し込みから全部最後までやりますね。新郎新婦との打ち合わせは月に一回ペース、他にメールでのやり取りもしています。その合間に、会場担当の方や花屋さん、ヘアメイクさんなどと打ち合わせがあります。会場によって使えるものもあれば使えないものもあるし、それに合わせて手配しなければならないこともたくさん。やることはとても多いです。

 

──フリーランスでウェディングプランナーの仕事は仙台ではそんなに多くないですよね。フリーとしての難しさや、新たな手法ならではの難しさはありますか?

 

あんまりその辺は考えてないんですよね。ふわっと始めたからやっていけるんだと思います。すごいガチガチにこうしてこうして!と思わず、あぁ大変だったけど楽しかったなって終わる感じです(笑)参入なんて大それたことは出来ないです。人の役に立てばいいかなと。楽しくないとやりたくなくなっちゃうんですよ、正解かは別として。それくらいがいいかなって。

 


2.母

子供が出来て分かった自身のこと、

完璧じゃなくていい、それをもっと伝えたい

2人の男の子がいます。上の子がたくましくしっかり育ってくれて、いろいろと頼れるようになってきました。でも制約も多いですよね。保育所に預けてフルタイムで働く事はどうしても気持ちが引っかかって。だからといって子供とベタベタしたいわけでもないんですけどね。子供も大事にした上で仕事をしたいと考えたので、今のスタイルができたんだと思います。


 

母親になる前は母親業ってもっと幸せだと思ってました。実際は壮絶ですね。自分の闇みたいなところも出てきたし。私こんな人間だったんだって初めて気づきました。母親はこうあるべきだっていう理想像があったのでガチガチになっちゃってました。それですごく自分を責めちゃって。でもいいチャンスをもらえました。罪悪感の反動で保育所へ預けられないのかもしれないです。自分で見てあげないとという気持ちで。今年になってようやくそれが剥がせてきたところです。完璧主義的なのは続かないぜって。今までだったらこんなこと言えなかったです。だめな母親って思われたくなかったから。

 

──よく子供に育てられるって言いますけど、本当にそんな感じですね。

 

子供がいながらの打ち合わせする事も、少しでも子育てをしている風景に触れてもらえたらなと。結婚してこれから子供を持つ人たちもいらっしゃると思うので、私みたいな思いをする人が少しでも減ってくれたらなって思います。

 

──将来こういう風になるだろうなっていうのが見れるのはとてもいい環境ですね。

 

母親になってもこういう働き方してる人がいるんだなって思う人が1人でも増えたらいいですね。

私自身も、母親が実家の仕事を手伝っていたので、実家の横に事務所があったんですよ。よく事務所にも遊びに行ったので、それもありかなと思って。そこがベースなのかもしれません。


3.テーマパーク

働いて得た価値観が

今の自分を形成する1つ

千葉の某テーマパークのことなんですが。小さい時から好きで、毎年連れて行ってもらってました。大学で東京に出たときに、たまたま千葉の友達と仲良くなって私が好きだって話をしたら、求人の折り込みを持ってきてくれて。それで受けたんですよね。キャストを3年位しましたね。ダンサーではなく、キャラクターでもないです。

 

──日沖さんはどんなお仕事内容だったんですか?

 

予約制のレストランで働いていました。ショーのあるレストランなんですけど、キャラクターが出てきてショーを見ながらディナーを楽しめるって感じです。ホールでサービスの仕事をしてました。いまだに忘れられない話があるんですけど、車椅子の人がいたんですよ。目線位しか動かない人。仲良かったキャストが、その人に声をかけて、その人をステージに連れて行ったんです。ステージに上がれなかったんですけど、友人のその声かけ自体に泣けてきちゃいますよね。すごいなと思って。私は車椅子ってだけで移動できないなって勝手に考えちゃってたのに。

そのおかげでキャラクターも近くに寄ってくれて。友人の声かけでその人にとっていい思い出になったかもしれないなと思っています。

 

──教育理念だったりとか、働いている1人ひとりの思いというのが本当に素晴らしいですね。働くことで価値観を変えるって。

 

色々ルールもあるんです。帰りの電車の中で仕事の話をしちゃいけないとか、お客様も同じ電車にいるので。

掃除担当のキャストはしゃがんじゃいけないんです。濡れてる時も足でふくんですよ。しゃがむと子供にぶつかるから。そういう小さいことも気にしてますよね。

 

働いてる人たちに対しても夢を壊さないようにしてるってことですよね。
その経験は日沖さんの一部になってますね。

 

人を感動させたり、思い出に残ることを作るっていうのはすごいと思います。ショーが終わる時にキャラクターが手を振るんですよ。その時横で見てるんですけど、それを見てるゲストの顔を見ると泣けてきました。そこで、こういう瞬間を私も作りたいなと思いました。働いている間はすごく楽しかったし、その人たちとの繋がりが今でもあるのが大きい。大学よりテーマパークへ行ってた(笑)


4.音楽

聞くだけじゃなくて、

自分でやりたい思いを

発散するもの

音楽は、ずっと身近にあると思っていて、最初に小学校の合唱部というとこから始まっています、その部はなかなか熱い学校で強いチームでした。合宿もあって。歌のお兄さんも講師にきましたよ!贅沢な体験したなあ。先生は怖かったですけどね。高校の文化祭では友達とステージに出たり。大学では音楽サークルで歌ったり、楽器触ったり。今年と昨年はステージに立つプロジェクトがあって、サンバの打楽器をやったんですけど、それにハマったり。ストレスあったら歌ったり。とりあえず聞くよりやる方いいですね。音楽に詳しいとかではないですけど。ふれていたいです。安定する。闇深く聞こえちゃいますけど(笑)ライブとかも好きです。行くとカラオケ行きたくなる。私もしたい!みたいな。

 

──発散の場でもあるんですね。

 

そうかもしれないです。打楽器が終わっちゃったので、ロスです(笑)モンキーマジックのバックバンドで演奏している人が講師なんですが、結構本格的に教えてもらって。本番のステージに立って、練習場所の市民センターの祭にも今年出させてもらいました。へピニキっていう楽器で、右がスティック、左が素手で叩く太鼓なんですよ。叩きかたもいろいろ。コツがいります。初めて弾きましたね。

 

──バンド組んだりはしないんですか?

 

やってみたいです。ずっと言ってるんですけど、やりたいやりたい詐欺みたいな(笑)でも今やっても半端になっちゃうなと思って。

 

──ジャズフェスとか見る側より出る側がいいですか?

 

出たいですよね。いつかいいタイミングで、いいペースで練習できる仲間がいればと思っています。



5.友達

ありがたい存在

私は恵まれている

大抵そうだと思いますけど、いないと成り立たないと思っていて。半分ぐらいひと×ひとさんのページをお借りして、友人に「私は感謝してるんだぜっ」ていうのを伝えたい(笑)
何かあるとやっぱり力になってくれたし、支えてくれたし。
人によっては昔の友達とは関わりがないっていうのもあると思うんですけど、そう考えると私は恵まれていて。

何十年来の友達に、頻繁には会えなくても、「きっとあの子のことだから頑張ってるんだろうな」と思うだけで元気をもらったり。恵まれていると思うんです。私を信じてくれてる友達から、「あやちゃんならできるんじゃない?大丈夫だよ」って言ってもらえることは、すごいなって思うし、そういう人がいてくれるってありがたいなと。

 

──そういう感覚って前からですか?

 

高校生の時だったか、私の父はザ・亭主関白的な父親だったんですけど、その父に「お前は友達に恵まれてるよな」って言ってもらって。それがきっかけで気づいたということがあって。中学校まではそんなに恵まれている感覚はなかったんですけど、高校くらいからかな。こう見えて人見知りで(笑)心を開いたら執着するじゃないですけど、その人と深く長く、ずっと付き合いたいなって思う方なんで。年を重ねたぶんそういう人が増えたなって思います。心開くまでに時間がかかるので。傷つくのが怖かったんです。今は裏切られたり傷つけられたとしても、まあまあやっていけるようになったんで、疑う時間は短くなりました。

この歳になっても、人に出会えてるのもありがたいです。ママ友はママ友で独特の世界だし、だからと言って私は会社に勤めてるわけでもないから。そんな中で友達としてちゃんと付き合っていける人たちに出会えたっていうのがすごくありがたいですよね。うちの主人は、友達と遊びに随分と行ってなくて。
サービス業というのもあって予定が合わないし、さらに仙台転勤してきたので、こっちでお友達もいないから仕事と家の往復です。家族と過ごすだけなんです。こういう人もいるんだなと。

 

──それでもご主人は平気なんですか?


 

諦めてる感じですかね…休みも少ないし、拘束時間が長いんで。
でも疲れてても出掛けたがるっていう。私とは時間を合わせやすいので、平日によくデートしてます!旦那のこと超好きなんです(笑)その割にそんな感じなの!?って思うでしょうけど(笑)

 

──幸せそうですね!

 

今は幸せですね(笑)

 

──周りに信頼して支えてくれる方がいてくれるからこそ、自分らしく立ってられる感じでしょうか?

 

それは大いにありますね。


番外編:フリーではたらくってどうですか?

──5つのワード以外にいくつかご質問があります。日沖さんのような働き方をするフリーのウエディングプランナーが増えたらいいなと思いますか?

 

そうですね。もっといろんな方がでたらいいなと思います。いまは結婚式をしない方も増えているので。でも結婚式ってやったら絶対いいものなんです。結婚式場が嫌ならいろんなフリーのプランナーさんがいてくれればと。式をすることで、結婚して何かにつまづいた時に立ち返られると思うんで。意外と男性の方がやってよかったと喜んでくれる方が多いんです。男性の方がより実感が入るみたいです。

偏った見方(プランナーだから)じゃなくて、今までお世話になった方が一同に祝福してくれることを実感できる場という意味で結婚式をやってもらいたいなと思います。親族の食事会だけでも全然違いますよ。プランナーも結局は人なので、合う合わないもありますし。
いろんな個性のあるプランナーさんがでてくれると嬉しいです。

 

──「フリーランスだからこその悩み」ってありますか?

 

モチベーションの保ち方でしょうか(笑)一人なので、なかなか一定に保つのが難しい(笑)モチベーションが下がった時は自分責めが始まり、下がったなって時はその辺を察してくれる友達に会ったりします(笑)映画を見たりとか。根暗モードに入ると全然上がらなくなるんです(笑)
急に孤独が来ますよね。

 

──フリーランスあるあるかもしれませんね。

 

誰も理解してくれないんじゃないかとか、あいつサボってやがるとか思われるんじゃないかとか。

 

──仙台ではフリーランスが多くないから余計かもしれないですね。

 

そうですね、個人のお店だとか、個人の活躍する場所が増えるともっと街に個性が出て面白くなると思います。なので少しですけど、結婚式を挙げてもらって、小さなお店の人たちの売り上げに少しでもなれば、続けていける1つの要素になればいいなと思って、マルシェウエディングっていうのをやりたいなと思ってるんです。本当に微々たるものだけど、自分ができることで何か変わっていければと。

 

──日沖さんにとって仙台ってどんな場所ですか?


 

仙台に引っ越す時に、仙台はすっごく住みやすかった、定住したかったっていう人が多くて。ちょっと行けば街中、ちょっと行けば自然があるしっていう適度な街がよかったと住んでみて実感しているけど。子供がいるので、子供連れで歩くことを考えると、どうしても郊外の大型店で車に行けて、歩いてても安全でみたいなところを選びがちですよね。子供を預けて、親はただ座ってお茶してられるような場所が街中にあればいいなと思います。

福島は原発のことがあったんで、無料の屋内スペースがあって、山形もそういう施設に力を入れてるんですよね。年齢の違う子供でも、遊びが違っていても同じ建物の中で遊べるんですよ。仙台にもそういう場所が欲しいですね。友達と話してても、あんまりキッズフレンドリーの街じゃないっていうか。ママが入りやすいカフェも多くないですし、 小さい赤ちゃん連れて入りやすいお店とかもう少し増えたら嬉しいなと思います。

 

──お母さんならではの悩みですね。

 

放牧しないと行けないんで(笑)ずっと家の中に入れると騒ぎ始めるんで(笑)公園に関しても、仙台の公園って何もない公園が多いですよね。

 

──確かに…(汗)

 

「のびすく(子育て支援施設)」とかもありますけど小さい子向けなので、幅広い年齢の子供が遊べる場所を作ってください(笑)親も目の届く範囲でゆっくりできるスペースもつけてください(笑)

 

──新たな視点を教えて頂きありがとうございます!今日はありがとうございました!

 

ありがとうございました!


日沖さんとお話していて、私が一番感じたことは幸せから生み出される“優しさ”でした。たくさんの経験が、日沖さんをより優しくし、その優しさがあるからこそフリーのウェディングプランナーとしての日沖さんの個性を引き立てているのかなと思います。新たな計画も今から楽しみです! 

 

インタビュアー:白鳥 ゆい

 

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#04  平間博之さん (革職人/仙台市)

わたしを形成する5つのパーツ

誰もが持っている「自分を形成しているもの」

それをゲスト本人に5つ選んでいただき、

どういう人かを紐解いて行きます。

4人目のゲストは革職人の平間博之さんです。

 

最初に、平間さんのプロフィールを。

 

平間 博之

1986.7.31 宮城県岩沼市出身

東北工業大学工学部デザイン工学科在学中に革を用いた鞄・小物の制作を始める。

卒業後、2011年にイタリア・フィレンツェへ短期留学し鞄の製造を学ぶ。

帰国後、「Leather Lab. hi-hi」として革の鞄・小物を中心とした制作・販売を始める。

展示会等も行いながら、オーダー・セミオーダーの受注生産も行っている。(HPより)

 

http://hihi-l-l.tumblr.com/

 

 


1.革

──よろしくお願いします!

ではまず簡単に自己紹介をお願いします 。

 

「レザーラボ hi-hi」という名前で、カバンを中心に革の小物を作っています。革の可能性を高めたいと言う思いから、革の特徴を生かした面白い使い方を探求しながら作っています。普段は大学で授業や学生のサポートをする仕事をしています。 

 

──ではワードについてお伺いしていきたいのですが、まず最初の「革」に関して、このワードを選んだ理由は? 

 

大学3年の頃、授業で個人制作という時間があって。最初のきっかけはカバンを作りたかったことなんです。その頃は「革」ということに特別こだわりがあった訳じゃなく、単純にカバンを作りたくて(笑)。最初は布のカバンから始めて、そうすると必然的に素材として「革」が出てくるんですが、当時「ラグジュアリー」や「大人っぽい」というイメージに対して苦手意識がありました。 

 

──もう少しカジュアル寄りの方が良かった? 

 

切り崩したいとか、人が手に取りやすい、力まずに手にすることができないかなと思って、革に手を出したっていう感じ。苦手意識を持ったまま、それを変えれたらなっていう意識で革にずっと触ってます。 ある種、挑戦ですね。実際使ってみると面白さが分かってきて…革の良い部分っていうのは、完成している新しいものよりも、個人が使っていって、ストーリーが出来て、だんだん味わいが見えてくるその時こそが一番かっこいいと思えるようになりました。お客さんに商品をお見せすると、「新品よりもあなたが使ってるそれの方がいいわ」って言われる時があって(笑)革の面白い部分って、かっこよさだけじゃないそういう魅力だと思う。それを小さいものからでも伝えられたらいいのかなと。そういうことを考えながら革と向き合っています、悩みながら(笑)  「私にはまだ革のカバンは早い」「革って高いんでしょ?」という人が結構多いので、そう思ってる人にでも手に取ってもらえるものを作りたいですね。自分自身苦手意識があったので、こんなに面白いものを作れるよとか実はこれも革だよという感覚が強いかもしれません。 それとオタクっぽいところもあって。革を食べたこともあるし(笑) 

 

食べられるんですか!?

 

有害ではないものもあるんです!美味しくはないですけどね(笑)タンニンなめしという、植物の渋を使った自然なテイストのあまり化粧をしていない革をメインに使ってるので、傷や動物の血管の跡とか残ってたりするんです。 そういう表情をできるだけ残して、環境にも無害な「なめし方」があって。知り合いの職人さんがいうには、本当にいい「なめし」をされた革は、食べられるよって言っていました(笑)オススメはしませんが…。

 

 

──元々、革は生き物からいただく素材なので、そういうヒストリーも見え隠れするようなイメージで作品と向き合ってるんでしょうか?  

 

革って人が食べる食肉から取れた副産物なんですよね。 生き物から授かってるものなので、できるだけ無駄にはしたくないという気持ちがありますね。 カバンや小物を作って、それでも小さい革の端切れが出るので、できるだけ何かにしたいなと思ってピアスにしてみたり。 カバンには使えない傷が入ってる部分は、それを活かしてコースターにしたらいいかな、それもワンポイントでかっこいいんじゃないかなって。 そういうものの見方でできるだけ無駄にしないように使いたいなって思ってます。革に触れ合ったことが少ない人にも、 これなら使ってみたいなと思ってもらえたり。 革の端っこでも、経年変化は楽しめるんですよ。  


2.独学

──では2番目のワード「独学」にいきましょう 

 

大学時代に個人制作でカバンを作り始めたことが、革を手にするきっかけになったんですが、当時の先生は、鋳物(いもの=金属を溶かし、鋳型に流し込んで器物を作ること)を専門とする方だったので、革の専門的な技術を教えてもらうことはありませんでした。造形の表現方法や美しさという部分は学んだんですけど、カバン作りに関しては8、9割くらいが手探りしつつ独学で試行錯誤しました。 大学卒業した時におそらく変なプライドがあったのか、作りたいものを自分の手で1から10まで作ってみたいっていうのがあって、なんだかんだで人から教わるタイミングを逃して(笑)最終的に独学で今もやってきて、常に迷ってる…頭抱えながら舌打ちしながら(笑)うまく作りたいっていう気持ちが、もっともっとやってこうという想いに繋がってるのかな。 そんな中でも、知り合いの職人さんが増えてきて困った時はミシンの使い方を聞いたり。独学でやってるからこそ教われる時にはとことん聞いてみようとか。 

 

分からないんだから聞いてみよう、やってみようという精神から生まれる形があるんじゃないかってずっと思ってます 。自分で常に考えて、これがベストなんじゃないかな、「こうしたらどうだろう」「なんでここをこうしてないんだろう」と疑問を持ったり、「こうしたらもっと便利なんじゃないか」とか、「面白いんじゃないか」とかルールがないからこそできるんですね。 

 

 

独学でやってきてるからこそ、出せる個性があるんじゃないかなって思っています。 その個性を34年前にすごく出そうとしてた時期があったんですけど、ある時からそれすら煩わしくなってきて。自分本位で作れなくなったというか、お客さんの意見も聞きますし、自分だけの思いじゃない使う人のためのモノって思うようになってきて。逆に「自分らしさ」を意識しなくなってきた時に、知人から作品に対して「あなたらしいね」って言ってもらえて。「あぁ、出てきたんだな」 っていう。自分らしさを出そうとしてきて、それが自然とできるようになってきた。独学で悩みながらやってきたことが自分らしさを出すようになってきたのかなと。 


3.フィレンツェ

──次のワードの「フィレンツェ」はいかがでしょうか? 

 

久しぶりに大学時代の先生にお会いした時に「今も革でものづくりをしています」という話をしたら、「留学でもすればいいじゃん」って言われて。それが魔法の一言でした。全然考えてなかったんですけど、じわじわと気持ちが強くなりました。周りの人たちにも、作品を欲しがる人はきっといるから作ってみたら?と言われ、それでやっぱり留学してみようかなって。 

 

──フィレンツェを選んだきっかけは? 

 

イタリア、フランスをはじめヨーロッパは革の産地としてものづくりの文化が根付いているんですよ。特にイタリアのトスカーナ地方は革の産地として歴史がある上に有名なので、一度見てみたいな、本場のものに触れてみたいな、と。それで決意しました。…前のワードで独学って言ってるんですけど(笑)自分で作っていきたいという気持ちは捨てたくなくて、ガチガチの本気留学はやめようと。 2ヶ月だけという期間を決めて、工房を紹介してもらってそこで初めて人に教わる工程体験をして。  

 

授業がない時間は無駄にしないように、とにかく街を歩きました。地図も開かずに行き当たりばったり。「○○はどこですか?」というイタリア語を覚えて、行く先々で人に聞きました。 ずっと人見知りだったんですけど、そんなことは言ってられなくて、いろんな人と話すようになりました。 いろんな職人さんがいるので、気になる工房を見つけたら「ちょっと見せて」と言い見せてもらったりして。  

 

実は留学をしていたのは、ちょうど東日本大震災の時期だったんです。ある日、母からのメールで震災のことを知りました。家族は無事って連絡はきてたけど、勉強どころじゃなくなってしまって。糸が切れちゃったんですよね。 勉強したいけどそんな場合じゃないし、家族、友人、家のことが心配でそんな気持ちにもなれなくて。  

そんな時、面識もなく、顔も全く知らない日本人の方が、知り合いの職人さんを通して僕に100ユーロくれたんですよ。僕の話を聞いてこれをその人に渡してと。でも面識のない人から突然お金はいただけないと一度はお断りしたんですが、その方も何かしたいけど、どこにお金をあげたらいいかわからないから、困ってる人に直接渡して使って欲しいって言われました。 でもお金をもらってもどうしたらいいんだろうって思って…そしたら仲の良い職人さんから「こうしてても何もできないんだから、お礼がわりになんか作ったら?」って言われて。それがきっかけで机に向かうようになりました。ちょっとした革のブレスレットを作り始めたんですよね。1本10ユーロで売ったら、いろんな人が欲しい、買うよって言ってくれて。無気力だった自分は、あの100ユーロで救われました。ひたすら作って、買ってくれる人に売って。できるだけ人に会って。そうして何かが繋がったらいいなって。 200本ぐらい作って、100人ぐらい買ってくれた方に直接お会いして、写真を撮りました。 

 

最悪な状況だったかもしれないけど、こんな短期間にたくさんの人に会った経験をした人はいないと思うし、本当に貴重な経験したなと思います。日本に帰ってきた今でも繋がってる人もいます。 留学と震災をきっかけにして、「好き」だけでやってるだけじゃなくて、作らせてもらってる。ありがたく作らせてもらってるなって思います。  

 

 

あの時ブレスレットを買っていただいた方に、また会いに行きたいなと思いますね。震災から6年、自分がもっと作り手として成長したら手土産を持って行きたいな。忘れてる方も多いと思いますけどね。忘れてても会いに行ってその時作ったブレスレット見ながら思い出してもらえたら。  


4.工作

──では次のワード「工作」ですね 

これは自分が作品を作る上で大事にしてる部分で、どんなに好きで作ってても「仕事」としてやっていると辛くなることってあるじゃないですか。そこで生みの苦しみが嫌にならないように、「束の間の休息」的感覚で仕事以外の作品を作る時間を設けています。異素材を触って完成した時のワクワク感を取り入れたい。新しい空気を入れる、窓を開けるような。大きい作品で長い間作業した後に、一息つくように違うものを作りたい、違うものを作る。それが純粋に楽しめるし気分転換になります。木でスプーン作りしたり、テーブルの脚を作ってみたり。自転車をバラしてみたり。 実はこの服インタビュー時に履いていたパンツ)も作ってみたりとか…(笑) 

 

──革の作品とは別の工作ということですね。 

 

そうです、革の工作は束の間じゃできないので(笑)「束の間の工作」って言って、別のものを作成する、利益にはならない時間ですね。 一時期パンを作るのにはまったりもしてました(笑)植物の植え替えとかもあります。楽しさの確認というか、新鮮な気持ちになれる。いつも目を向けてるものとは違うものに触れて作ることを純粋に楽しむ時間です。 

 

──別なものを作るときは調べたりするんですか? 

 

基本瞬発力ですね。67割ぐらい下調べしてスタートしちゃう。 それの延長になるんですけど、自分の工房をハーフビルドで出来ないかなって思ってて(笑) 自分で出来ない部分はプロに任せて。できる範囲で内装など楽しみながら出来たらいいな。  

 

──いいですね、今作品作りは自宅で? 

 

自宅の一室でやってます。 自宅にミシンと革すき機ぐらいあれば出来ちゃうんで。あとは材料。6畳一間でちょっと手狭な感じでやってるんで、アトリエを作りたいと(笑)来年ぐらいまでにできたらいなと思いますね。瞬発力大事にしないと、熱が冷めちゃうんで(笑)


5.動物

──では最後のワードは「動物」ですね 。

 

犬とリクガメを2匹飼ってて。 2年前に自宅を再建して空間ができたので。昔から動物が好きで、抑えてた衝動が爆発して動物に囲まれた生活しています。 小さい頃は犬やを拾ってきたり、鳩を拾ってきたりしてました(笑) 

 

鳩!?

 

怪我をして飛べない鳩を拾ってきたんです。少年が虫取り網で鳩を捕まえて(笑)クワガタ採ったり、金魚を飼ったりもしてましたね。 出会ってしまうと抑えられないんですね(笑) 犬は最近飼い始めました。生き物がいるっていいでよね、制作の息抜きにもなりますし。 夜中に起こしてかまってもらったり(笑)首輪やリードを革で作ってみたりもするようになりました。そういう幅が広がりましたね。今のところはこれ以上動物は増やさないように、大事にして行きたいと思います(笑) リクガメはヒガシヘルマンリクガメっていう種類で30センチぐらいまで大きくなる種類です。動物と図工が大好きだったので、進路を考えるときも作る方面か動物に関する仕事かでぼんやり考えてたぐらいです。だから生活の中にいてくれたら楽しいなと思ってます。  

 

 

──今後の活動はどうしていきたいというのはありますか? 大学の仕事と革のお仕事の比重について。 

 

 

半々ぐらいでやれたらいいなと思ってます。 教育と研究の場にいることで、自分も吸収する部分もあるので、今はこの環境で二足のわらじで働いていきたいですね。ここに携わってるからこそ関われる人というのも増えたので。 異業種の人たちと一緒に活動することもできるようになったのは、この環境だからこそできることだと思います。革のボタンを木のボタンにしてみたり、革だけにとらわれず、いろんな人たちと繋がって作品を作る為のいろんなことにアンテナを張って行きたいなと思ってます。 自分一人で家にこもっていたらできないような、異業種との人との関わりから作れるものを増やしていきたいですね。  


型が決まっていないからこそできること、変なプライドが邪魔しないからこそ見えるもの。

「独学」からスタートした平間さんだからこそのお話に、深くうなづいてしまいました。

 

次回はどんな「ひと」のどんな言葉が聞けるのか楽しみです。お楽しみに〜☆

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#03  KEITA CANDLE (キャンドルアーティスト/仙台市)

わたしを形成する5つのパーツ

誰もがきっと持つ自分を形成しているものを、ゲスト本人に5つ、ワードを選んでいただきます。

そのワードを元にゲストを紐解いて行きます。ひとひと3人目のゲストはKEITA CANDLEこと川村景太さんです!

景太さんは専門学校の講師を勤めながら、キャンドルの製作販売をするアーティストとして多数イベントに参加されています。

キャンドルという特殊な分野のアーティストを始めたきっかけ、今後の活動などインタビューしていきます! 


1.キャンドル

▲「RIVER」by KEITA CANDLE

──よろしくお願いします。早速ですが、まず簡単な自己紹介をお願いします

 

出身は秋田生まれ、でも数ヶ月しかいなくてそのあとは宮城です。 転勤族だったんで、白石など転々としてましたね。なので仙台出身でいいです(笑) そこから就職で東京に。去年の3月まで東京でした。

 

──東京にいた時は何をされていたのでしょう?

 

レディースアパレルの販売です。配属が新宿の伊勢丹だったんですが、レディースの販売も、 東京も、一人暮らしも初めてだったのでかなりやられましたよ (笑) お初づくめで(笑) レディース販売から営業、退職して帽子屋に就職して店長までやった時に仙台の専門学校で担任の仕事のお話をいただきました。年齢的なことと、親も歳なので仙台に戻ってこいってことかな〜?と思い、仙台に戻ってきました。

 

──では早速、5つのワードに関してお聞きしていきたいと思います。最初のワード「キャンドル」 からお聞きしていきます!

 

キャンドルとの出会いはファッションの営業やってる時に、先輩に店舗でのキャンドルナイトのイベントに誘われて。キャンドルジュンさんのイベントで、結構芸能人も来てました。そんなにキャンドルを意識して見ていなかったんですけど、とても素敵だなと思って。そこからですね。あとは震災も影響しています。震災でキャンドルジュンさんがキャンドルを灯しているのを見て、綺麗だな、自分で作って灯すことができたらな…と思いました。ネットで調べて作り始めたんですがなかなかうまく作れなくて。しばらくして仙台に帰ってきた時、キャンドルのワークショップをやっていて参加したらやっぱり面白かったので、東京に戻ってから教室に通い出しました。作品 をSNSにあげたら結構反応があって。その時帽子屋だったのですが、これを副業、楽しみでできないかと思って続けていたんですよね。今も楽しいからやってる感じです(笑)

 

──きっかけはキャンドルジュンさんだったんですね、惚れたんですね〜

 

ジュンさんに惚れるって気持ち悪いですね(笑) 僕、たまにオネエって言われるんでキャラ的にやばいです(笑)

 

ジュンさんの作品が素敵だった、ということですね(笑) アーティストとしてキャンドルを作る人になるとは思わなかったでしょうか?

 

全然思いませんでした。ファッションが好きだから、ファッションに携わる仕事をずっとやっていくんだろうな、と思っていたので。キャンドルを楽しく作っていることが、仕事になって、キャンドルを見たい、販売してほしいという方がいるのはありがたいですね。それがまた東京じゃなくて、地元でできる。こっちでの繋がりがないのに声かけていただけて本当に楽しんでます。

 


2. ファッション

▲セレクトショップicons

──やっぱり楽しめるってことが一番大きい気がしますね。ではちょっと被りましたが2番目の「ファッション」は?

 

雑誌で読んで、中学生ぐらいからファッションに興味を持つようになり、絶対にファッション関係の仕事に就きたいと思っていました。あと両親が銀行員で真面目なんです。僕こんなんなんですけど(笑) 例えば家でご飯食べていて、食べ終わったら「お先に失礼します」って言ってから席を 立つ、みたいなそういうことやらされてたんですよね。すごく硬いし、親みたいな銀行員とか、公務員とかそういうのは嫌だったんですよ。スーツも着たくなかったし、自分を自由に表現できるファッションにすごく魅力があって。 実は僕、こう見えてすっごく人見知りなんですよ(笑) 率先して何かをやるのも苦手だったし、表現が下手というか。 でもファッションは別なものになれる。そこに魅力を感じるようになりました。

 

──いつからファッションの道に進むと決めたんですか?

 

ファッションの専門学校行ったんです。あとは仙台を出たかったんですよね。本場の東京で、どこまで登れるか、仙台では味わえないことを当時はできると思って。 東京じゃないと営業はできないですし。仙台だと販売員止まりか、店長とかエリアマネージャーまでしかなれないということを考えてました。管理職になりたかったので、ファッションを一生の仕事にするならどうやっていけばいいのか現実的に捉えてやっていました。でもそういうのが疲れちゃったのかもしれませんね。 そこで帽子屋にシフトチェンジ。現場の販売員さんの方がお客様と向き合って数字を作ってるのを見て、すごいと思うし営業はなんか違うなと思ってました。

 

そこからキャンドルにつながるんですね。アーティストといえど、販売もするから販売スキルって大事だと思うんですよね。 そういう意味ではやってきたことがちゃんと繋がっているんですね。

 

そうなんですよ。計算通りです(笑) 帽子屋やりながらキャンドル教室卒業した時に、日本キャンドル協会主催のイベントがあって申し込んでみたら、なんと通ったんですよ。そこから機材全部揃えました(笑) イベントでは自分がSNSで憧れてみてたキャンドルアーティストもいて、そのすごい環境で僕のキャンドルを知ってもらえて。完全に調子こきましたね〜(笑) でも嬉しかったです。声かけてもらえたり、購入してもらえる。 初のイベントで販売して、単純に嬉しかったしこれでやってきたいなと思いました。 僕は手先も不器用だし絵も下手なんで、服が好きでもデザイナーのように一生クリエイターにはなれないと思っていましたが、キャンドルがハマったのでこれなら表現できると自信になりました。何やっても正解はないだろうし、途中道が変わってもいいので結果的にたどり着ければいいと思います。今のところ楽しい道を歩ませてもらってます。


3.人

▲専門時代からの友人と

──では次のワードに行きましょうか 「人」ですね

 

人というのはご縁ですね。 今回のインタビューもそうですし、自分自身あまり人脈ないので、 仙台で活動できるのも、自分発信じゃなくて全部お話いただいてから、さらにそれを見てもらった人からという感じで。 今までの人生、さっきも言ったように引っ込み思案ですし、何かを先陣切ってやれる方じゃないので、それが今までの人生で会う人との場面場面で動かされる。この人面白いかから一緒に何かやりたい、イベントしたいとか。人の力は強いですね。

 

──人ありきですよね

 

自分よがりだとできないし、共感してくれる人がいるからこそだと、30歳過ぎてからよりそう思うようになりました。キャンドルもそうですけど、“もの”ありきだけど“人”ありき。 全て人、ご縁かなと。年齢的なことはあると思いますけど(笑) 


4.想像力

──それもありますよね(笑) では次の「想像力」は?

 

販売ではすっごく神経使っていて、お客さんがどんな人なのか、自分でイメージしながら接客していました。そういうのが嫌いじゃないんですよね。 休みの日とか、街中歩いていて変な人とか見ると、この人は何でこういうことするんだろう?と勝手に想像するのが好きなんですよ。考えるのが好き。ストーリーを決めちゃうんです。 他の人が、「この人は変わってて苦手」という人でも、 自分にとっては面白い存在なんですよ。何がどうしてそうなのかをイメージできるんで(笑)嫌いから入るんじゃなくて、面白いとこを見つけることから入ると広がるんです。 一回変な世界を味わって見て、ダメなら吐き出せばいいんです(笑) 新しい感性を味わうと、自分の世界が広がると思っています。

 

──新しい興味から拾うことが、作品にも生かされることありますか?

 

ありますね。キャンドルも何かのイメージから作ることが多いですね。

 

──想像力の豊かさがあるんですね。

 

引っ込み事案だからですかね、一回見て、考えて。でも結果踏み込んでいきます。

 


5.ラジオ

▲(右)エフエムいわぬま パーソナリティ猪股秋彦さん

──では最後の「ラジオ」は?

 

僕、ラジオが大好きで。テレビよりラジオ。自分の部屋でラジオをずっと聞いてましたね。深夜 ラジオも大好きだった。未だに聞いてますけど(笑)今はラジコとかyoutubeとか。 携帯でイヤホンしながら、音楽じゃないですよ、ラジオ聞いてます(笑) 一人でニヤニヤしてます(笑) ラジオとテレビの違いって、言葉で発信してるのを頭でイメージすることですよね。あと、話術!軽快なトークは自分の仕事にも少なからず影響してますね(笑) だからラジオは僕の中で大きいんです。 自分のラジオ番組持ちたいんです。 実は知り合いのミュージシャンの番組に少し出演させてもらっているので、いつかは自分の番組を!

 

──すごいじゃないですか!!景太さんの番組いつか聞けるの楽しみにしてます! 作品を作るときも聞いてるんですか?

 

聞いてますよ、全然集中できませんけど(笑) 面白すぎて聞き入っちゃうときは、僕音楽全然聴か ないんですけど、唯一自分の中でテンション上がってキャンドル作れるのが 「ボブ・マーリー」 ですね。オールシーズン、冬でもボブ・マーリー聞いてます(笑)

 

──ボブ・マーリーを好きになるきっかけがあったんですか? テレビで特集されてたのを見たとか???

 

確か映画を見たんですよね。映画見て、かっこいいなこの生き様と思って、DVDも買いました。

 

──音楽を聴くときはボブ・マーリー?

 

そうですね、音楽だけじゃなくて単純じゃないですか、ラスタカラー、象徴ですよね。 ドレッドと。音楽とドレッドと、ラスタ、それだけで一人の存在がパッと思い浮かぶって すごい存在だ なって思うんですよね。単純にそれだけでかっこいい。人として。 あんま音楽詳しくないんで、話 広がらないですね(笑) ラジオの話はいくらでもできますけど(笑) ファッションやアーティストや っているっていうと「音楽何聴くんですか?」とかよく聞かれるんですよ。 でも、僕ラジオ聞いてますから!!!って(笑) それがいつも困るんですよね(笑)

 

──話は変わりますが、今活動の場所ってどうされてるんですか?

 

実は先日宮町の方にアトリエを構えまして。年内中にオープンできるように準備してるところなんですよ。 それまでは自宅のアパートで製作してたんですけど、今年に入ってワンちゃんを飼いだしたんです、 ぷりんちゃん、可愛いんですけど、キャンドルの作業していると落ち着いて作れなくて。 置いてある作品も、噛まれちゃったりするんですよね。 前からいつかは小さくてもいいからアトリエ持ちたいなと思ってたんです。 あと将来ビジネスとして活動を続けていくにあたって、教室だったり販売だったり製作だったりをやる他に、いろんなアーティストさんと絡んで活動したくて。大きな場所じゃないし、宮町なんで知ってる人が来たいなと思ってもらった時に来れるようなぐらいが、逆にゆっくりやれるし自分がいいなと思うアーティストさんの作品も置けるし。街中じゃないからこそできるアトリエで始めて、そこから広がっていけばいいなと思ってます。

 

──今本業があるじゃないですか、両立はできてますか?

 

今はなんとか大丈夫ですね。でもちょっとキャンドル押し気味です。 嬉しいですけどね。タイミング的にはウエイトを変えていかないとなと思ってます。それを検証するためのアトリエでもあるんですよね。本拠地があって、そこからいろんなイベントで僕の存在を知ってもらって、月に何回かしか開けないアトリエだけど来てもらったりで どんなもんか様子見て、もっと楽しいことできそうだったら本業と言われるところを、もうちょっと減らすのかどうするか…

 

──実験段階なんですね

 

そうですね。いきなり全部を捨ててというのは。本当はできたらいいんですけど。今はそうやって両立できる環境なんで。今後キャンドルで食べていければ。 宮城でキャンドル作ってる人ってちょこちょこいるんですけど、どうやって販売していいかわからなくて悩んでる方に、僕のやり方を見せてあげられたらいいなと思っています。いろんな作家さんがいていいと思ってるので。あともう一つ、日本キャンドル協会認定校っていうのが仙台にもあるんですけど、習い事としてやってそこを卒業した後の出先ですよね。せっかく習ったらよりスキルアップしたいし、いろんな人に見てもらいたいし、買ってもらいたいから、 そんな出先の間口に自分がなれたらいいし、また違う技術を教えてもいいですし。 ファッションもそうですけど、東京じゃないとじゃなくてもっと地産地消で。地元のアーティストに作ったものを地元の人に買ってもらいたい。そういう場面ができてくればいいなと思います。 キャンドルを灯すことは主役じゃなくて、縁の下の力もちで、その空間を演出するっていうのが一番だから。 キャンドルはただ飾るだけじゃなく使ってもらわないと。キャンドルともして、綺麗なんだ、安心なんだっていうのを伝えたい。消費したくなるようなアプローチ方法を。そういう流れを作って見せてあげれたら、 僕みたいなアーティストさんが出て来てくれると思うんで。そしたら仙台の街もキャンドルっていうのが活性化していくんじゃないかと。去年仙台に戻って来て思ったことです。それを一番楽しみにやってます。その第一弾のアトリエですね。 楽しめてやれていることなので、無理がないですね。身の丈にあってるプラスちょっと目標を持ってやるっていうのがいいのかなと。

 

 

──未来へのビジョンができてるって、素敵!今後が楽しみですね!!!

 

楽しんでいきます!!!!! 


今回のゲスト、川村景太さん。

景太さんを形成する「キャンドル」「ファッション」「人」「想像 力」「ラジオ」

これらから見えて来たのは、景太さんが今を楽しむため方法そして、

今に行き着くために与 えられた運命のようなものを感じられないでしょうか。

今回のインタビューで一番印象 に残っているのは、「一度きりの人生だから」という景太さんの人生観でした。

人生は自分次第で 楽しくなれる!そんなことを景太さんから教わったように思います。

 

さぁ、次はどんなゲストへ繋がっていくのでしょう! 次回もお楽しみに!!

#02  TOMOMI_Typeさん(イラストレーター/仙台市)


わたしを形成する5つのパーツ

誰もがきっと持つ自分を形成しているものを、ゲスト本人に5つ、ワードを選んでいただきます。

そのワードを元にゲストを紐解いて行きます。

ひとひとお二人目のゲストはTOMOMI_Typeさんです!
トモミさんは土木の建設会社で働きながら、黒板でイラストを描くイラストレーター、また仙台のまちづくり活動にも参加されてらっしゃいます。一つの仕事だけでは無く、多方面で精力的に活動されているともみさんから、どんなお話が聞けるか楽しみです!


1.「黒板」

 

──では早速、一つ目のワードは『黒板』、これはトモミタイプを知ってる人なら納得のワードだと思います!

黒板、トモミタイプにとってどんな要素なんでしょうか。

今は「トモミタイプ=黒板」というイメージが強いと思いますが、トモミタイプを始めた当初はそんなつもりなくて(笑)毎日文字を描く練習をしようと思った時に、流行り始めた黒板塗料を知りました。なんとなく作ってみて、これに日付と曜日だけ描いていこうと閃いて始めたのが日めくり黒板。SNSに毎日アップするようになったら「毎日黒板を投稿してる変なやつがいる!」って狭いところで話題になったようです(笑)でも、そのおかげで黒板にライブペインティングする機会をいただいて、そこから「黒板のひとですよね」と言われることがとても多くなりました。最近はライブペインティングするときお手製の黒板を持っていきます。どこかで黒板を見たら描きたくなっちゃう。もうそれくらいの存在。黒板は私の相棒です。

──そういう経緯だったんですねぇ〜。
人と違うことを継続したことで小さな場所から大きな場所にどんどん広がっていった訳ですねぇ。何気なく始めた事が無くてはならないものになるって素晴らしいですね!次のワードに繋がるかもしれませんが、何故「文字」を描く練習がしたかったんですか? 

 

小さい頃、絵を描くのが好きだったのですが上手に描けなくて…それでも小学生の時コンテストに応募したんです。が、最優秀賞がとても上手で私にはこんなに上手に描けないな〜と思いました。それがきっかけで絵に苦手意識が芽生えたんです。とはいえ「描く」こと自体は好きなので、自然に文字に傾倒していきました。特にアルファベットは規則性が作りやすいので、自分で色んなフォントが作れる。実は中学生から30歳までずーっと自然にやってたんですね(笑)でもその場限りのフォントになっていたので、ちゃんと練習したら作品にならないかな?と。そこで練習の場を日めくり黒板にしたんです。
毎日続けたら、1年で365種類のフォントは生まれますからね…実際あるのかな?(笑)

 


2.「文字」

 

──ではそうして文字をかくようになった、ということですね。

パーツの一つでもある「文字」に繋がりますね!
質問がかぶるかもしれませんが、「文字」についてお聞きしていいですか?

先ほども触れましたが、絵が苦手だったので文字を描くことがメインになりました。文字って、図形として捉えて描くととても面白いんですよ。絵だと全体の構図を考えて描かなきゃいけないですが、文字は単語1つで構成を考えられるので自分に合ってました。ただ文字は言葉の力がすごいので、もっとポップに描きたいなと。意味を考えすぎると見る方も描く方も肩肘張っちゃう気がしたので言葉の意味は考えずに全面を文字で埋めてみたらとても面白かった。それがトモミタイプのスタイル誕生です(笑)
ちなみに、TOMOMI_Typeの「Type」はタイポグラフィーの意味ですが、未だ「好み」と間違われるので、早く浸透させたい!(笑)

 

──知られざる真実!(笑)いや、知ってる人は知ってるのかも、ともみさん有名人だから!

 


3.「ジャズ」

 

──では次のワード、「ジャズ」はどうですか???


ピアノをずっと習っていたので、聴くのも弾くのも好きなんです。そして同じくらい好きなのが、ブルーノートのLPジャケット!好きすぎて、高校の時ジャケット集買いました(笑)これはトモミタイプの作品に繋がる部分ですが、文字だけで構成されてたり単色の使用だったりと、とても刺激を受ける一冊です。昔からの私のバイブルです。
その他プレゼンの話し方がジャズっぽいとか、ライブペインティングがジャズのアドリブみたいと言われたこともあり、どうやら全身からジャズっぽさを発しているようです(笑)

──ピアノが弾けるんですか〜!素敵〜!今度聞かせていただきたい!

そしてジャズずきとは、前世はもしやニューオリンズの住人だったのかもしれないですね♪


4.「コーヒー」

──さぁ、では「コーヒー」はいかがでしょうか???これはまさにコーヒー好き、と言うことですかね!


コーヒー大好き!飲むのももちろん好きなのですが、カフェで働いてた頃、その日のオススメを黒板に描く担当になることが多かったんです。もう10年以上前ですが、コーヒーの香りに囲まれながら黒板を描くのが染みついてるみたいなので日めくり黒板を描く時は必ずと言っていいほどコーヒーを飲んでます。

──カフェで働いてたんですね!ともみさん!ではご自宅ではやっぱりハンドドリップで??豆のこだわりもありそうですが♪

朝起きて、顔洗って、コーヒー豆挽いて、ハンドドリップで淹れて、飲みながら黒板を描く、というルーティーンです(笑)こだわりとは少し違いますが、ピーベリーという品種が好きです。一般的にコーヒー豆は「平豆」といって半円球の形なのですが、ピーベリーは「丸豆」と呼ばれていて丸っこい形なんです。味はそこまで変わらないんですけど、ただただ形が可愛くて好きなんですよね(笑)

──形にこだわるところがともみさんらしいというか、今までのルーツに繋がるものを感じますね!


5.「気まぐれ」

──それでは最後のワード、「気まぐれ」?はどうでしょう、これは性格的なことですよね(笑)


すごいネガティブワードですよね(笑)もともと飽きっぽい性格で、やりたいことがあってそれに夢中になってたかと思うと、急にそっぽ向いたかのように手をつけなくなる。しばらく経ったら思い出したかのようにのめり込む・・・自分でも何でそうなるのかわかりません(笑)
文字を描いてる時も「あーもう今日描けない!」っていう日はどんなに頑張っても気が向かないので、あっさりとやめて違うことをします。気まぐれな私は、次の日になると急に「描きたくてしょうがない!」というふうになる・・・でもその方が一回無になれるので、そのあとはすごいアウトプット量になります。このやり方が私の気まぐれな性格に合ってるみたいです。

実は黒板を描いてる時もとっても気まぐれ!いろんなところからランダムに文字を描いていき、隙間を埋めるように描いていきます。ライブペインティングを見たことがある方は、私の描き方を見て気がつくかもしれません。よくそれが面白いと言われますね。もはや「気まぐれ」が成せる技だと思ってます(笑)

──気まぐれだからこそ、成せる技、と言うべきでしょうか(笑)
お話を聞いていて、すべてのものがうまく繋がって黒板アートが無くてはならないものになっているんだなと感じました。
これからともみさんのアートを見るたびにその背景が色々と想像できそうです(笑)


ありがとうございました!


──今回のゲスト、TOMOMI_Typeさん

ともみさんを形成する「黒板」「文字」「ジャズ」「コーヒー」「気まぐれ」のワードから見えて来たのは、全てをつなぎ合わせ黒板アートに注ぎ込まれるともみさんの熱意ではないでしょうか
関係のないもののように見えて、それぞれの小さな歯車からエネルギーをもらい、大きな歯車を動かす。そんなお話を聞くことができました。

さぁ、次はどんなゲストへと繋がって行くのでしょう!
次回もお楽しみに!!

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これからイベントのお知らせなどを更新していきます。

よろしくお願いします。

#01  白鳥ゆいさん(美容師/仙台市)


わたしを形成する5つのパーツ

誰もがきっと持つ自分を形成しているものを、ゲスト本人に5つ、ワードを選んでいただきます。

そのワードを元にゲストを紐解いて行きます。

記念すべき第一回目は「ハコのない美容師」として市内で活躍されている白鳥ゆいさんです。

白鳥さんは固定の美容室で働くのでは無く、フリーで場所も時間もお客様に決めていただきながら美容業をされてらっしゃいます。

美容師以外でも活躍されてまして、仙台のまちづくりメンバーの一員としても日々奮闘されているそうです。

そんな興味深い白鳥さん、選んでくれた5つのパーツに関して一つずつお聞きして行きましょう。


1.「美容師」

 

──それでは白鳥さん宜しくお願いします!早速ですが、一つ目のワードは「美容師」ですね。

 

 宜しくお願いします。

はい、私は美容師ですからね(笑)。ただお店に勤めるという形をとっていないので、普通の美容師さんの感覚とは違いますが、

それでもやっぱりこれがなければ、本当に何も始まっていないなと思いますし、これじゃなきゃ私じゃないと思ってます。

 

 ──かっこいいですね、職人さんっぽいお答えです(笑)

白鳥さんは「ハコのない美容師」さんですが、なぜ普通の美容師じゃなく今の形になったんでしょう???

 

 昔は私も普通の美容師でした。今の形に始めたきっかけは、私の母の介護がきっかけでした。母の髪を洗ったり、切ってあげたり、

寝たきりのままで試行錯誤してやってたんです。

ヘルパーさん達からも、専門職の人が家に来てくれる人がいたら助かる人たくさんいるんだけどねぇと言われて

お店に来れる人だけが髪を切りたいわけじゃなく、来れなくても切りたい人はたくさんいるんだってことが見えて来たんです。

今は美容室が多すぎる世の中ですから、普通に美容室で働くのもなぁという思いはずっとあったし、あともっとダイレクトに人の役に立ちたかったんです。

自分の仕事を生かしてもっとできることがあるんじゃないかって。

 

 ──そうだったんですねぇ、人と違う道を歩むのは勇気がいることと思いますが、不安はなかったんですか?

 

 あんまりありませんでしたねー(笑)わたしの父も自営ですし、何より父が「十分修行して来たんだから、自分でやっていい時期」と言ったんで(笑)

 

 ──親のお墨付きですか!!すごいお父様ですね。普通は逆ですよね(笑)でもそういう教えが白鳥さんを形成されてるわけでもあるのですね。


2.「英語」

 

──次のワードもお聞きしたいのですが、「英語」とはどういうことでしょう?

 

英語はですね、私が英語を話せるということです。学生時代にアメリカへ留学したことがきっかけなんですけど、4年前に留学以来久しぶりにアメリカへ1ヶ月ほど旅行で滞在して、もっと英語が喋りたい、もっと現地の人とコミュニケーションとりたいと強く思って、帰ってきてから仙台に住む外国人の集まる場所に行っては友達を作り、普段から英語を使うように環境を作って行きました。そうして習得した英語が、今度は自分の仕事を助ける技にもなっていったんです。

 

──と、いうと???

 

仙台に住む外国人の多くは、日本語をあまり喋れない人が多いので、髪を切るのも一苦労だということがわかりました。わたしが英語を喋れる、髪を切れるということがわかって仲良くなった外国人の友人たちが美容師としての私に仕事を依頼するようになったんです。 

 

──なるほど〜!!確かに私も海外で髪を切らなきゃいけなかったらちょっと怖いですね・・・相手の言ってることもわからなかったら余計に。

 

そうなんです。意外なところから繋がって行きました、無駄なことってないんだなって思います。

 

──関係ないと思ったことがどこかで繋がる、私たちの人生ってそういうこと多いですよね。行動あるのみですね。


3.「楽観的」

 

──では次の「楽観的」はどうでしょう?これは読んだままだと思いますが(笑)

 

はい、そのままです(笑)元々はものすごい心配性だし、マイナス思考の持ち主ですが、いろんなのことを体験していくうちにどんどん楽観的になりました(笑)人生悩んでても仕方ないなって。いかに笑って暮らせるかを考える方が絶対楽しいって。

 

──じゃあ今はあんまり悩んだりしませんか?

 

いや、しますよ、人間だし(笑)でもマイナスな方向に行きそうだなって時は、いやいやいや!と笑顔になれる方向に転換するようにしてます。そうすると自然と本当に笑えるようになるんですよ。

 

──え〜!そんな簡単に思えないですよぉ〜、でも確かに笑っていられる人生の方が絶対楽しいですよね。私も見習います!!(汗)


4.「ネコ好き」

──では次は「ネコ好き」ですね。

 

これもそのままですが、私は大の猫好きです。家にも2匹飼ってます。

 

──2匹もいるんですかっ!羨ましい!どんな猫ちゃんたちですか?

 

一匹はシャルとリューという種類の猫で、おっとりしててマイペースですね。ちょっと不器用で甘え下手ですが、彼なりに甘えてくるそぶりが本当に愛くるしいです(笑)もう1匹は雑種なんですけど、THE 弟!って感じで、自己中心的ですし、目立ちたがり屋でわがままです(笑)上の子と比べると本当素直だなって思います。人間もねこも変わらないなって最近思いますね。

 

──人間と変わらないですか?(笑)どういうことだろう(笑)猫たちから得ることって何かありますか?

 

たくさんありますよ〜、さっきも言いましたが人間と変わらず人格ならぬ猫格がありますしね、二人のやりとりや1匹1匹の行動を見てると小さい子供見てるみたいです。子育てに近い感覚ですね。人と接する時に見えるその人それぞれの人格の付き合いかたを、猫たちから学ぶこともあります(笑)

 

──猫格から人との接し方を学ぶとは(笑)なんとなくですが、先ほどお話しされてた楽観的の観点とも近い感じがします。猫でも人でも見えるそれぞれの個性を楽しんでらっしゃるのですね。

 

そうですね、まさに(笑)


5.「自然」

──それでは最後、「自然」はいかがでしょう

 

自然は本当に私になくてはならないものですね。私は生まれも育ちも泉のパークタウンなので、周りに緑がたくさんある中で生きてきました。東京から帰ってきてまたパークタウンに住んで、緑の中に住めることがどれだけ自分の癒しとエネルギー源になっているかわかりません。この場所が大好きで守りたいからまちづくりも頑張れるように思います。

 

──人間も生き物ですもんね、やっぱり自然って大事だなって思います。白鳥さんの「自然」の観点はただ日常的にあるものではなく、その中に生きるものとしての自覚が強いように感じますね。そういう観点がまちづくりへの熱い思いにも繋がってるのかなぁと感じました。いろんな活動を同時にされてらっしゃいますが、今後も何か動きはありますか?

 

はい、今仙台の街に大きな変化を起こすであろうプロジェクトを遂行中です。早くみなさんに体感してもらえるように頑張ります!

 

──なんだろう〜!楽しみにしてます!!頑張ってください、ありがとうございました!

 

ありがとうございました!


──白鳥さんを形成する5つのパーツ、「美容師」「英語」「楽観的」「ネコ好き」「自然」、

ここから見えてきたのは白鳥さんという人間性そのものでした。

人には必ずその人を作り上げる物がある、それを知ればその人をより深く知ることが出来る。

 

さぁ、次はどんな人のどんなパーツを紐解けるのでしょうか。
次回もお楽しみに!!!

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ひと×ひと ホームページ移行のお知らせ


ひと×ひと ホームページが新しくなりました!

ひと×ひとの今後のインタビュー内容はひと×ひと公式ホームページにて更新することといたしました。
その他イベントのお知らせ等もそちらに。


今までのイベントアーカイブなどもご覧いただけるようになりました。


過去の記事はこのままこちらでお楽しみいただき、今後の新しい記事ひと×ひとホームページにてお楽しみください!

 

今後もひと×ひとをお楽しみに!

 

ひと×ひとホームページへ⇨https://www.hitohitosendai.com/

#06  にがおえりんごさん (似顔絵師/仙台市)

誰もが持っている「自分を形成しているもの」

それをゲスト本人に5つ選んでいただき、

どういう人かを紐解いていきます。

6人目のゲストは似顔絵師の

「にがおえりんご」さんです。

 


 

 

暮らし人*グランドオープンの日、記念すべき日に

ひと×ひと学生メンバー+新社会人メンバー3人が

初めて彼らだけでインタビューを行いました。

インタビュー場所に選んだのはもちろん暮らし人!

緊張を隠せないながらも、今回はこの人にインタビューします、

仙台を拠点に似顔絵師として活躍されているりんごちゃん! 

 

 

──今日はよろしくお願いします、では早速自己紹介をよろしくお願いします!

 

本名は伊藤小百合です。みんなに「りんご」って呼ばれています。

りんごと呼ばれ始めたきっかけは、東京で似顔絵の勉強していた時、先生達から「りんごちゃん」と呼ばれたことです。

青森出身ということと当時の自分の見た目からだと思います。(りんごのような髪色でした。)


 

──にがおえりんごを始めたきっかけを教えて下さい。

 

絵は小さい時から好きでした。3人兄弟で年が離れているので、一人で絵を描くことが多かったですね。

中学校の時は美術部に入ったんですが、賞とかをとるような天才型ではなくて、ただ純粋に絵を描くのが好きだったんですよね。

将来も絵を描きたいなとは思いつつ、絵の仕事といっても中学生の自分にとって「絵」で食べている職業は身近には無くて、

「漫画家」や「画家」という非現実的なものよりは、身近な美術の先生になれたらいいなってなんとなく夢描いてました。

 

──そこからどうやって似顔絵屋さんの道へ?

 

美術の勉強のために、高校はデザイン専攻を選択して、絵やデザインに関する基礎を学びました。

でも高校の途中で「好きな事だけど、上手い人はもっといる」現実を目の当たりにして、絵の仕事は半分諦めてましたね。

祖母を亡くした時から介護の仕事に興味があったので福祉の方に進学して就職しました。

 

介護福祉士になってからも、ARTやデザインとの関わりはあって、やっぱり絵の仕事がしたいなと思って。


似顔絵屋さんって接客のある「絵の仕事」なんですよね。

接客や人が好きな自分に最も向いている職業だなと思って。

 

東京で色々な似顔絵屋さんに描いてもらった時に、憧れた人がいてその人を目指して上京し、

カリカチュア(誇張するユーモアのあるイラスト)を勉強して、カリカチュアアーティストになりました。


今までも「似顔絵屋さん」というのは変わらずに、いろいろな職業の経験をしながらやってきました。

今後、自分がどんな風になっていくのかは、私自身も決めて無いので未知ですね(笑)



喜ばせたい、笑わせたい

笑いのパワーが自分自身の原動力

小さい頃から全然人見知りをしなくて、人を喜ばせるのがすごく好きだったんです。

似顔絵も同じきっかけで、笑ってほしくてやっています。

似顔絵師って描いてる時にあまり喋らない人が多い印象がありました。でも私の好きな似顔絵師さんがすごく喋る人で。

私も人と喋るのが好きなので、似顔絵も喋りながら描きます。

 

似顔絵師は、絵もかけるし笑ってもらえるし喋れるし、だから楽しいです。

喜ばせたい、笑わせたいというのが自分の中ではすごく重要なことだと思っています。

接客の時に、その人とのつながりを探して、話して笑ってもらうというのを

私が一番大事にしてることなので、このワードとして選びました。

 

──似顔絵を描く上で大切にしていることなんですね。

 

初めて私の似顔絵のリピーター、ファンになってくれた人がお笑い芸人でした。

浅草に駆け出しの若手芸人の出る舞台があるんですが、そこの芸人さんたちの宣伝用の似顔絵を描いてたんですね。

描いてる間、私がボケて芸人さんがツッコミ役。その後も下北沢にできた若手芸人さんの舞台でも似顔絵を頼んでくれて。

みなさん「こんなに盛り上がって描いてもらったことない」って言ってくれて、ありがたいことに今でも繋がりがあります。

 

──人を笑わせることが、自身の楽しみでもあるんですね。

 

基本的に、誰かがいるということが大事で、人がいない仕事はしないと思っています。

目の前のお客さんの反応が見たいから、メールで似顔絵の注文を受けても直接渡したりとか。

似顔絵を渡す瞬間って、めっちゃ楽しくて最高なの!!

描いてる途中は見せずに、最後にバン!って見せた時に笑いが起きると鳥肌が立つんですよね。

だから絵を描くのはパフォーマンス・エンターテインメントだと思ってます。

 

描いてる時、横を通り過ぎる人とか後ろの人にわざと見せてます。

後ろから見てる人はお客さんも絵も見えますよね?そうするとお客さん同士が他人なのに会話するんです。

「似てますか?」「めっちゃ似てます」とか。その絵を渡した時の風景が何重にも広がって繋がっていくのがとても楽しい。

笑いの力って、プラスのパワー。他の仕事を選ぶ時にも大事にしてます。

 

──人を笑わせるのが好きなのは、家族みなさんもそうなんですか?

 

あ~そうかもしれない!

 父も母も喜ばせることが好きで、すごく笑ってる家族だと思います。特に母親は、自分の人生にとても影響を与えてる人。

記念日でもなんでも無い日にもプレゼントをするのがとても大好きな人だし、たくさんの人がいる場でも明るく目立つ人で、

生粋のパフォーマーなのかも!それを見ていると、私も母も同じなのかなと思いますね。


絵を描くときには

必ず先に人がいる

1つめのワードでも少し話したのですが、人がとにかく好きなんだと思いますね。

私が絵を描く時に必ず人がいます。風景の絵を描いたときも必ず人がいます。

人のいないものを描いたとしても、それをもらって喜ぶ人を想像して描いてます。必ずその奥には人の存在があるんです。

 

デッサン会で水族館に行った時、普通は魚を描きますよね。

でも私は魚を見てる人を描いてました。可愛いおばあちゃんとか。

注目してしまうのはやっぱり人なんです。魚に反応してる人を描く、

魚を見ててもこの魚あの人に似てるって思っちゃったりして(笑)

 

──人がいつもいるんですね!

 

いつも気づいたら人を描いてますね。”対ひと”を大事にしてます。

アーティストは、自分を表現する人だと思っています。でも私は自分を表現するのがとても苦手。

誰かがいて、その誰かを表現してあげることの方がすごく得意なんですよね。

人と人を繋げるのものすごく好きですし。人と人を繋げて、それを広げて、結んでいくのが好きなんですね。

それをきっかけに仕事をもらったりもしました。人がいなかったら私は絵を描いてないですね。

だからとても大事なものかな。仕事は喜ぶ人のためにやっています。

 

色々な仕事をする上でも「人」は大切で、人の評価を気にすることは良くないとよく言いますが、私は違うと考えています。

人に評価してもらうことこそ、私が見つけられない部分を見つけてくれるから、人の意見をしっかりと聞くようにしてます。

環境より人が大事だと思っています。この人たちと一緒に働きたいなって思った人たちとは長く続きますね。

 

──人を嫌いになる、という経験はなかったんですか?

 

どうなんでしょう…正直、人付き合いが嫌なときもありました。

高校生の時に、仲間外れになったことがあったので。

傷つけられた経験もあるから、人を傷つけたくないなって思います。

正義の味方ってわけではないですけど、自分の心が動く方向に行きたいですし、人を助けるということをすごく大事にしていきたいです。

 

介護福祉士をやっていた経験もあって、困っていることに先に気づくことも多いですね。

ホスピタリティーの精神というか、助けてあげたい、役に立ちたいっていうのが強いと思います。


音楽の力が自分を変えてくれた。

音楽と絵の共通点とは…?

音楽は、奏でるより聴く方が好きです。

初めて勤めた似顔絵屋さんを辞めて独立した時に、似顔絵屋さんとしてFUJI ROCKに出店したんです。確か2014年でした。

その時、音楽の力に気付きました。人を引き寄せたり、まとめる力ですね。

自分にはなかった部分を補ってくれるんだと思いました。

 

FUJI ROCKに出店した後から、音楽がある場所で出店することが多いです。

絵を描く時に音がすごく必要と思ったのはFUJI ROCKからですね。

私がうるさいから、そういう時に音楽で沈める効果もありますし。(笑)

 

私、実は絵を描く時にすごく緊張するんです。前の日に全然眠れないときもあって。

どんな人が来るんだろう、どんな絵が描けるんだろうっていう高揚感からくるんだと思います。

でも、音楽と出会ってから、自分のリズムをつかめるようになりました。ジンクスではないですけど、

これを聴いてから出かけよう、というのもあります。

 

私は自分を表現するアーティストではないから、自分を表現するために作る音楽のアーティストたちはとても尊敬します。

自分はできないからこそ、ですね。

 

──自身をコントロールするものでもあり、「にがおえりんご」としても重要なんですね。

 

雰囲気を作ってくれるものは音楽なんだなと思います。仕事をしてて感じるんですが、その音楽の雰囲気に合った人がそこに集まるんですね。

私には作れないものを用意してくれる媒体だと思います。


デザインって何?

デザインから学んだこと。

今もデザイナーの仕事はしています。デザインって、ものすごく広いんですよ。

「デザイン」やってますっていうと、服を作ってる人と思われることが多かったり。

「〇〇デザイナー」ってつく職業も多くなりましたし、今現代に一番多いのは「デザイナー」なんじゃないかなと思います。

私はわかりやすく伝えることがデザインだと思っています。

わかりづらいものを噛み砕いて心に伝えやすくすることかな。

 

似顔絵を描く時に第一印象で10分間で描いていくんですが、バーって描いていく時に書き足し過ぎてしまうことが多くて。

逆に第一印象から情報が増えるから似てない絵になってしまうことがありました。

デザインの仕事してからは、余白をうまく使えるようになりました。

わかりやすく、見やすくすることができるようになりましたね。

 

絵に余白や文字を入れたりする表現の力を入れられたのはデザインの仕事をしてからです。

高校生の時に「情報デザイン科」という学科だったんですが、ある一つのもの生み出すだけではなく、

それをどうやって噛み砕いて説明していくか、ということを勉強しました。

情報デザインで勉強したからこそ、自己プロデュースが上手だと思います。

似顔絵はその人の説明する設計図、説明書です。顔の外見の説明だけではないんです。

笑わない人は絶対笑顔で描かないです。第一印象にもよりますが、その人らしさ、その人の良さを伝えるための説明書だから。

場面場面でどういう風に伝えるか、上手に伝える方法をデザインに教えてもらいました。

 

──それが根本にあるんですね。

 

デザイナーとして働いたことで、幅が広がったと思います。

似顔絵だけ描いてたらあまり認識してもらえてなかったかもしれません。

人を表現することが多いから、それをどう上手に伝えるかを考えた時に、デザインってすごく大事だと思いました。

どうすればその人のためになるか、助けられるか、そういうホスピタリティーなデザインも好きです。

ユニバーサルデザインとかの本も好きで良く読みますし、ユニバーサルデザインに設計された文房具とかすぐ買います(笑)

そう思うと、デザインも誰かのために作るものですね。

 

デザインの仕事も元々は似顔絵のためにと思って始めたんです。

似顔絵の仕事で「SNSに使うアイコンをデータ(イラストレーターやフォトショップ)で描けないか」と依頼されたことがありました。

もうデザインの知識は乏しかったし、自分に足りないものも見えたのでもう一度デザインを学びたいなと思い、

ソーシャルゲームのキャラクターやアイコンを作る仕事に転職して、ほとんど1から必死に学びながら仕事をする毎日でした。

 

その中で出会ったデザイナーがとても尊敬できる人で。

その人に出会ってなかったらもっと早くにデザインの仕事は辞めたというくらい(笑)

デザインで創るの楽しさや、日常生活の中で「ART」や「デザイン」と触れ合うことの大切さ。

人間として成長できたのもその人のおかげだと思いますね。


着るだけで勇気をくれる!

ファッション=「?」

ファッションは好きですが、高校生の時はそんなにオシャレではなかったです(笑)

今はファッションは自己プロデュースなのかなと思ってます。

 

青森にいた時、「LINK」というグループに出会いました。

今はハンドメイド作家が自由に売り買いできるサイトもありますが、

そういうのが無い頃から若い作家たちが集まって、定期的にデパートで催事場を借りて販売会をしている集団で。

 

その中に歳の近い女の子が作ったブランドがあるんですが、私は、彼女の作るワンピースがすごく好きでした。

彼女の選んだ生地の色も、作る形もセンスが良くて可愛いんですよね。

他にはどこにも売ってないこの世界に1着だけの特別なワンピースという、ワクワクするテーマでいつも新作が楽しみでした。

 

彼女の洋服を買い始めた時から、出かけるのが楽しくなりましたね。

気持ちを上げてくれるもの、それを着ると外に行きたくなる、見せたくなるんですよね。

それで行ったことがない場所にも行ってみたり。場所が変わると出会う人も変わるんですよね。
 出会う人が変わると自分自身の中身も変わる。こんなにも変わるんだって思って。

好きな服を着ることで自分らしくいられる、人前に出る勇気をくれます。

今では彼女は東京でアーティストの衣装デザインなどをしているそうです。

 

──ファッションはなくてはならないものものなんですね。

 

絵を描く時は必ず赤い服や帽子をかぶって、「あ、りんごちゃん!」って遠くからでも見つけてもらえるようにしています。

ちょっとデザイン的に言うと、認識してもらいやすく「イメージカラー」で彩るという工夫をしてます。

「りんごちゃん」のイメージに合う洋服を着ることによって、ファンに覚えてもらうことも多くなりましたよ。

もし地味な服を着てたら全然違いますね、赤い服を着てるのとでは(笑)

 

以前、陸前高田で似顔絵描きに行ったことがあって、赤い服は着てなかったけど「りんごちゃん」って名乗っていて。

そこから何年も立ってから、仙台のイベントで似顔絵を描いた時に、

ある親子が「覚えてます?今9歳になるんだけど当時4歳ぐらいで。」と。

陸前高田で似顔絵を描いた親子だったんです!!

「似顔絵屋さんで赤い服着てるから、もしかしてりんごちゃんかと思って!」って言われて(笑)

 

赤い服着ててよかったなって思いました。

「ファッション=自分を表現してくれるもの」ですね。

服はきっかけを繋げてくれるものでもある。

 

──似顔絵を描くときにもファッションを意識していますか?

 

最近意識してることは、似顔絵をもらった人が、後で見返した時に、「あ、このペンダント描いてる!」とか、

子供だったら着ていた服のアンパンマンを入れてあげたりとか。

大切な思い出のものだったり、それがきっかけでご機嫌になる子供がいたり、

持ち物の中にその人の好きな色が入ってたりするので、

絵を仕上げる時にその色を入れてあげたりとか…洋服をちゃんと描くとすごく喜んでもらえます。

自分のためにも人のためにも大事にしてることの一つですね。

 

──ファッションってその人の印象に与える影響が大きいですよね。

 

そうですね。なるべくオシャレでいたいです。オシャレな人に描いてほしいじゃないですか(笑)

こういう人に描いて欲しいな…という人に自分がなる。舞台に立ってるような感じです。

演じてはないけど、自分を引き締めてくれます。

 

──最後に、これまで色々な仕事をされてきたりんごさんですが、今後はどんなふうになっていきたいですか?

 

今までは「何屋さんですか?」って聞かれた時に、「似顔絵屋さん」って答えてたんです。

でもそれだと自分を表現する時に難しいなと思ったので、自分を表現するために「自分屋さん」って言ってます。

「自分屋さん」っていう仕事を作るために、いろんなことをしてる。

なので今後どうしたいというのはあまりないのですが、似顔絵屋さんに限らず何か必ず自分を表現するものをやっていくだろうと思っています。

どんな自分になるか、自分も楽しみにしてます(笑)

 

あと、いつもセンスを磨いていきたいです。何歳になっても誰かに憧れられる大人でありたい。
 あの人みたいになりたいんですって言ってもらえたら本望です(笑)


インタビュー中も、こちらが自然と笑顔になってしまうような雰囲気でした。

インタビューしながらも、こちらのことを気にかけてくれたり「対ひと」を常に大事にしていることが伝わってきました。

この魅力がひとを惹きつけているのだと思います。これからの「自分屋さん」の活動も楽しみです!

 

インタビュアー:細谷大地・押野望佳・庄子采伽

 

 りんごさんの情報はこちらで!

▶HPhttp://nigaoeringo.thebase.in/

▶FBhttps://www.facebook.com/nigaoeringo/」

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#05  日沖亜也子さん (ウェディングプランナー/仙台市)

誰もが持っている「自分を形成しているもの」

それをゲスト本人に5つ選んでいただき、

どういう人かを紐解いて行きます。

5人目のゲストはウェディングプランナーの日沖亜也子さんです。

 


1.ウェディングプランナー

オリンピックの開会式を作る人になりたかった!?

そこからどう変化したのか

──今日はよろしくお願いします。まず日沖さんのプロフィールを簡単にご紹介お願いします。

 

福島県の郡山市の出身で、大学は東京の学校に行っていました。
地元に戻って結婚式の仕事について、出産したり、一回仕事を辞めたり、別の仕事についたりして、今はフリーのウェディングプランナーに落ち着いた感じです。

今フリーでウェディングプランナーをしているのでそのワードになったんですけど。小学生の時にオリンピックの開会式を見て、ずっと開会式を作る人になりたいと思っていました(笑)大学進学する時もその道が多少ある大学を選んで入ったんですけど、大学にはほとんど行かず。なのでウェディングプランナーに変更したのかっていうのが、今となってはちょっと曖昧なんですけど(笑)人が集まる場所が好きなので、そこに関わっていたいなと思ってました。

 

──ウェディングプランナーになったきっかけは?

 

事情があって地元に戻ってしばらく居酒屋のバイトをしていました。そこで知り合ったレストランウェディングをやってる人にお声掛けいただき仲間に入れてもらいました。

 

──最初に入った会社はどんな会社でしたか?

 

レストランウェディングをやってるレストランにお世話になりました。そのあとは旅館のウェディングをしているところにお世話になって。そこの若女将が統括してたんですけど、その若女将がすごい人だったので、大きな影響を受けました。出産して仙台にきてから、「ママが得意を生かそう」というイベントの実行委員をさせていただいたことがあって。そこでフリーのカメラマンと、メイクの方と知り合って、私にできることと言ったらプランナーしかないし、やってみようかなと始めたのが今の働き方のきっかけです。

 

──生活がベースにあって、“それプラスで出来る何か”っていう感じだったんですね。

 

母でもあるので、子供の面倒もみないといけないですし。
うちの主人は土日出勤の仕事の為頼れないので、その中で出来る範囲でできることをと思ってやっていますね。
自宅で打合せをさせてもらいますが、別室には子供がいたりします。一ヶ月に一回できればいいなって思っています。まあその辺を含めて面白いと思ってくれる人がいれば。

 

──でも微笑ましいですよね。

 

皆さん結構そう言ってくれるんですよ。始める前は、「ちょっとそれないんじゃないの」とか思ってたんですけど、子供も打ち合わせの場所や別室にいたりすることもありますという事を、事前にお客様にはお伝えしているので。今はやってみてよかったのかなとか、お客様の理解がありがたいなあと思ってます。

 

 ──お申し込みされる方は何を通じてご依頼されることが多いですか?

 

今はインスタグラムを通してが多いですね。他にどこにも広告をうっていないので。インスタグラムから問い合わせてくれるってすごいことですよね。よく見つけてくれるなと。

 

──インスタグラムの影響大きいですね。ご依頼される方の年代は?

 

30代前後の方が多いですね。40代まではいかないかなあ。やっぱり、自分でお金出して結婚できるっていう世代なんだと思います。

 

──そうですよね。安いものではないですからね。

 

ご両親の援助はあまり受けたくないとか、受けないですとかいう方が多いですね。援助受ける方はやっぱりご両親の意向も組まないといけないので、私には行き着かないんじゃないかと思います。私自身いかにも“結婚式”っていう華々しい感じが好きじゃないので。プリンセスドレス(スカート部分が大きく膨らんだ華やかで可愛らしいデザインのドレス)にあこがれたことがないっていう(笑)

 

──カジュアルなテイストが多いですか?

 

そうですね。そういうのじゃないと作れない。自分の発想にないことはできないので。公園で行う式も理想ですね。本当に、カジュアルに身近にあるもので、ないものはないもので工夫するとか。そういう方が好きですね。
現在マルシェと結婚式を組み合わせたものを形にしている途中なんです。1 to 2ビル(仙台市青葉区にあるカフェ、ショップの複合施設)でお世話になる予定です。引き出物をマルシェの中から選んで、パーティーもして、一般の人にもマルシェに入ってもらえるし、ちょこっとお祝いの感じで見てもらえるようなウェディングを作りたいなと思うんです。

 

──面白そうですね!

 

理想としてあったものがようやく形になりそうな感じです。まずは1月に1 to 2ビルでフェアみたいなことを行なってイメージ作りを提供できたらいいなと。来年くらいから申し込みいただいたら動けるようにしようと思っています。

 

──具体的にウェディングプランナーのお仕事は、どんなことをされるんですか?本当に一から十までなんですか?

 

新郎新婦お二人の要望を聞いてそれを叶えられる場所を探して、打ち合わせして、喧嘩の仲裁して(笑)準備して、当日も会場にいます。申し込みから全部最後までやりますね。新郎新婦との打ち合わせは月に一回ペース、他にメールでのやり取りもしています。その合間に、会場担当の方や花屋さん、ヘアメイクさんなどと打ち合わせがあります。会場によって使えるものもあれば使えないものもあるし、それに合わせて手配しなければならないこともたくさん。やることはとても多いです。

 

──フリーランスでウェディングプランナーの仕事は仙台ではそんなに多くないですよね。フリーとしての難しさや、新たな手法ならではの難しさはありますか?

 

あんまりその辺は考えてないんですよね。ふわっと始めたからやっていけるんだと思います。すごいガチガチにこうしてこうして!と思わず、あぁ大変だったけど楽しかったなって終わる感じです(笑)参入なんて大それたことは出来ないです。人の役に立てばいいかなと。楽しくないとやりたくなくなっちゃうんですよ、正解かは別として。それくらいがいいかなって。

 


2.母

子供が出来て分かった自身のこと、

完璧じゃなくていい、それをもっと伝えたい

2人の男の子がいます。上の子がたくましくしっかり育ってくれて、いろいろと頼れるようになってきました。でも制約も多いですよね。保育所に預けてフルタイムで働く事はどうしても気持ちが引っかかって。だからといって子供とベタベタしたいわけでもないんですけどね。子供も大事にした上で仕事をしたいと考えたので、今のスタイルができたんだと思います。


 

母親になる前は母親業ってもっと幸せだと思ってました。実際は壮絶ですね。自分の闇みたいなところも出てきたし。私こんな人間だったんだって初めて気づきました。母親はこうあるべきだっていう理想像があったのでガチガチになっちゃってました。それですごく自分を責めちゃって。でもいいチャンスをもらえました。罪悪感の反動で保育所へ預けられないのかもしれないです。自分で見てあげないとという気持ちで。今年になってようやくそれが剥がせてきたところです。完璧主義的なのは続かないぜって。今までだったらこんなこと言えなかったです。だめな母親って思われたくなかったから。

 

──よく子供に育てられるって言いますけど、本当にそんな感じですね。

 

子供がいながらの打ち合わせする事も、少しでも子育てをしている風景に触れてもらえたらなと。結婚してこれから子供を持つ人たちもいらっしゃると思うので、私みたいな思いをする人が少しでも減ってくれたらなって思います。

 

──将来こういう風になるだろうなっていうのが見れるのはとてもいい環境ですね。

 

母親になってもこういう働き方してる人がいるんだなって思う人が1人でも増えたらいいですね。

私自身も、母親が実家の仕事を手伝っていたので、実家の横に事務所があったんですよ。よく事務所にも遊びに行ったので、それもありかなと思って。そこがベースなのかもしれません。


3.テーマパーク

働いて得た価値観が

今の自分を形成する1つ

千葉の某テーマパークのことなんですが。小さい時から好きで、毎年連れて行ってもらってました。大学で東京に出たときに、たまたま千葉の友達と仲良くなって私が好きだって話をしたら、求人の折り込みを持ってきてくれて。それで受けたんですよね。キャストを3年位しましたね。ダンサーではなく、キャラクターでもないです。

 

──日沖さんはどんなお仕事内容だったんですか?

 

予約制のレストランで働いていました。ショーのあるレストランなんですけど、キャラクターが出てきてショーを見ながらディナーを楽しめるって感じです。ホールでサービスの仕事をしてました。いまだに忘れられない話があるんですけど、車椅子の人がいたんですよ。目線位しか動かない人。仲良かったキャストが、その人に声をかけて、その人をステージに連れて行ったんです。ステージに上がれなかったんですけど、友人のその声かけ自体に泣けてきちゃいますよね。すごいなと思って。私は車椅子ってだけで移動できないなって勝手に考えちゃってたのに。

そのおかげでキャラクターも近くに寄ってくれて。友人の声かけでその人にとっていい思い出になったかもしれないなと思っています。

 

──教育理念だったりとか、働いている1人ひとりの思いというのが本当に素晴らしいですね。働くことで価値観を変えるって。

 

色々ルールもあるんです。帰りの電車の中で仕事の話をしちゃいけないとか、お客様も同じ電車にいるので。

掃除担当のキャストはしゃがんじゃいけないんです。濡れてる時も足でふくんですよ。しゃがむと子供にぶつかるから。そういう小さいことも気にしてますよね。

 

働いてる人たちに対しても夢を壊さないようにしてるってことですよね。
その経験は日沖さんの一部になってますね。

 

人を感動させたり、思い出に残ることを作るっていうのはすごいと思います。ショーが終わる時にキャラクターが手を振るんですよ。その時横で見てるんですけど、それを見てるゲストの顔を見ると泣けてきました。そこで、こういう瞬間を私も作りたいなと思いました。働いている間はすごく楽しかったし、その人たちとの繋がりが今でもあるのが大きい。大学よりテーマパークへ行ってた(笑)


4.音楽

聞くだけじゃなくて、

自分でやりたい思いを

発散するもの

音楽は、ずっと身近にあると思っていて、最初に小学校の合唱部というとこから始まっています、その部はなかなか熱い学校で強いチームでした。合宿もあって。歌のお兄さんも講師にきましたよ!贅沢な体験したなあ。先生は怖かったですけどね。高校の文化祭では友達とステージに出たり。大学では音楽サークルで歌ったり、楽器触ったり。今年と昨年はステージに立つプロジェクトがあって、サンバの打楽器をやったんですけど、それにハマったり。ストレスあったら歌ったり。とりあえず聞くよりやる方いいですね。音楽に詳しいとかではないですけど。ふれていたいです。安定する。闇深く聞こえちゃいますけど(笑)ライブとかも好きです。行くとカラオケ行きたくなる。私もしたい!みたいな。

 

──発散の場でもあるんですね。

 

そうかもしれないです。打楽器が終わっちゃったので、ロスです(笑)モンキーマジックのバックバンドで演奏している人が講師なんですが、結構本格的に教えてもらって。本番のステージに立って、練習場所の市民センターの祭にも今年出させてもらいました。へピニキっていう楽器で、右がスティック、左が素手で叩く太鼓なんですよ。叩きかたもいろいろ。コツがいります。初めて弾きましたね。

 

──バンド組んだりはしないんですか?

 

やってみたいです。ずっと言ってるんですけど、やりたいやりたい詐欺みたいな(笑)でも今やっても半端になっちゃうなと思って。

 

──ジャズフェスとか見る側より出る側がいいですか?

 

出たいですよね。いつかいいタイミングで、いいペースで練習できる仲間がいればと思っています。



5.友達

ありがたい存在

私は恵まれている

大抵そうだと思いますけど、いないと成り立たないと思っていて。半分ぐらいひと×ひとさんのページをお借りして、友人に「私は感謝してるんだぜっ」ていうのを伝えたい(笑)
何かあるとやっぱり力になってくれたし、支えてくれたし。
人によっては昔の友達とは関わりがないっていうのもあると思うんですけど、そう考えると私は恵まれていて。

何十年来の友達に、頻繁には会えなくても、「きっとあの子のことだから頑張ってるんだろうな」と思うだけで元気をもらったり。恵まれていると思うんです。私を信じてくれてる友達から、「あやちゃんならできるんじゃない?大丈夫だよ」って言ってもらえることは、すごいなって思うし、そういう人がいてくれるってありがたいなと。

 

──そういう感覚って前からですか?

 

高校生の時だったか、私の父はザ・亭主関白的な父親だったんですけど、その父に「お前は友達に恵まれてるよな」って言ってもらって。それがきっかけで気づいたということがあって。中学校まではそんなに恵まれている感覚はなかったんですけど、高校くらいからかな。こう見えて人見知りで(笑)心を開いたら執着するじゃないですけど、その人と深く長く、ずっと付き合いたいなって思う方なんで。年を重ねたぶんそういう人が増えたなって思います。心開くまでに時間がかかるので。傷つくのが怖かったんです。今は裏切られたり傷つけられたとしても、まあまあやっていけるようになったんで、疑う時間は短くなりました。

この歳になっても、人に出会えてるのもありがたいです。ママ友はママ友で独特の世界だし、だからと言って私は会社に勤めてるわけでもないから。そんな中で友達としてちゃんと付き合っていける人たちに出会えたっていうのがすごくありがたいですよね。うちの主人は、友達と遊びに随分と行ってなくて。
サービス業というのもあって予定が合わないし、さらに仙台転勤してきたので、こっちでお友達もいないから仕事と家の往復です。家族と過ごすだけなんです。こういう人もいるんだなと。

 

──それでもご主人は平気なんですか?


 

諦めてる感じですかね…休みも少ないし、拘束時間が長いんで。
でも疲れてても出掛けたがるっていう。私とは時間を合わせやすいので、平日によくデートしてます!旦那のこと超好きなんです(笑)その割にそんな感じなの!?って思うでしょうけど(笑)

 

──幸せそうですね!

 

今は幸せですね(笑)

 

──周りに信頼して支えてくれる方がいてくれるからこそ、自分らしく立ってられる感じでしょうか?

 

それは大いにありますね。


番外編:フリーではたらくってどうですか?

──5つのワード以外にいくつかご質問があります。日沖さんのような働き方をするフリーのウエディングプランナーが増えたらいいなと思いますか?

 

そうですね。もっといろんな方がでたらいいなと思います。いまは結婚式をしない方も増えているので。でも結婚式ってやったら絶対いいものなんです。結婚式場が嫌ならいろんなフリーのプランナーさんがいてくれればと。式をすることで、結婚して何かにつまづいた時に立ち返られると思うんで。意外と男性の方がやってよかったと喜んでくれる方が多いんです。男性の方がより実感が入るみたいです。

偏った見方(プランナーだから)じゃなくて、今までお世話になった方が一同に祝福してくれることを実感できる場という意味で結婚式をやってもらいたいなと思います。親族の食事会だけでも全然違いますよ。プランナーも結局は人なので、合う合わないもありますし。
いろんな個性のあるプランナーさんがでてくれると嬉しいです。

 

──「フリーランスだからこその悩み」ってありますか?

 

モチベーションの保ち方でしょうか(笑)一人なので、なかなか一定に保つのが難しい(笑)モチベーションが下がった時は自分責めが始まり、下がったなって時はその辺を察してくれる友達に会ったりします(笑)映画を見たりとか。根暗モードに入ると全然上がらなくなるんです(笑)
急に孤独が来ますよね。

 

──フリーランスあるあるかもしれませんね。

 

誰も理解してくれないんじゃないかとか、あいつサボってやがるとか思われるんじゃないかとか。

 

──仙台ではフリーランスが多くないから余計かもしれないですね。

 

そうですね、個人のお店だとか、個人の活躍する場所が増えるともっと街に個性が出て面白くなると思います。なので少しですけど、結婚式を挙げてもらって、小さなお店の人たちの売り上げに少しでもなれば、続けていける1つの要素になればいいなと思って、マルシェウエディングっていうのをやりたいなと思ってるんです。本当に微々たるものだけど、自分ができることで何か変わっていければと。

 

──日沖さんにとって仙台ってどんな場所ですか?


 

仙台に引っ越す時に、仙台はすっごく住みやすかった、定住したかったっていう人が多くて。ちょっと行けば街中、ちょっと行けば自然があるしっていう適度な街がよかったと住んでみて実感しているけど。子供がいるので、子供連れで歩くことを考えると、どうしても郊外の大型店で車に行けて、歩いてても安全でみたいなところを選びがちですよね。子供を預けて、親はただ座ってお茶してられるような場所が街中にあればいいなと思います。

福島は原発のことがあったんで、無料の屋内スペースがあって、山形もそういう施設に力を入れてるんですよね。年齢の違う子供でも、遊びが違っていても同じ建物の中で遊べるんですよ。仙台にもそういう場所が欲しいですね。友達と話してても、あんまりキッズフレンドリーの街じゃないっていうか。ママが入りやすいカフェも多くないですし、 小さい赤ちゃん連れて入りやすいお店とかもう少し増えたら嬉しいなと思います。

 

──お母さんならではの悩みですね。

 

放牧しないと行けないんで(笑)ずっと家の中に入れると騒ぎ始めるんで(笑)公園に関しても、仙台の公園って何もない公園が多いですよね。

 

──確かに…(汗)

 

「のびすく(子育て支援施設)」とかもありますけど小さい子向けなので、幅広い年齢の子供が遊べる場所を作ってください(笑)親も目の届く範囲でゆっくりできるスペースもつけてください(笑)

 

──新たな視点を教えて頂きありがとうございます!今日はありがとうございました!

 

ありがとうございました!


日沖さんとお話していて、私が一番感じたことは幸せから生み出される“優しさ”でした。たくさんの経験が、日沖さんをより優しくし、その優しさがあるからこそフリーのウェディングプランナーとしての日沖さんの個性を引き立てているのかなと思います。新たな計画も今から楽しみです! 

 

インタビュアー:白鳥 ゆい

 

▶日沖さんのHPclap clap clap wedding

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#04  平間博之さん (革職人/仙台市)

わたしを形成する5つのパーツ

誰もが持っている「自分を形成しているもの」

それをゲスト本人に5つ選んでいただき、

どういう人かを紐解いて行きます。

4人目のゲストは革職人の平間博之さんです。

 

最初に、平間さんのプロフィールを。

 

平間 博之

1986.7.31 宮城県岩沼市出身

東北工業大学工学部デザイン工学科在学中に革を用いた鞄・小物の制作を始める。

卒業後、2011年にイタリア・フィレンツェへ短期留学し鞄の製造を学ぶ。

帰国後、「Leather Lab. hi-hi」として革の鞄・小物を中心とした制作・販売を始める。

展示会等も行いながら、オーダー・セミオーダーの受注生産も行っている。(HPより)

 

http://hihi-l-l.tumblr.com/

 

 


1.革

──よろしくお願いします!

ではまず簡単に自己紹介をお願いします 。

 

「レザーラボ hi-hi」という名前で、カバンを中心に革の小物を作っています。革の可能性を高めたいと言う思いから、革の特徴を生かした面白い使い方を探求しながら作っています。普段は大学で授業や学生のサポートをする仕事をしています。 

 

──ではワードについてお伺いしていきたいのですが、まず最初の「革」に関して、このワードを選んだ理由は? 

 

大学3年の頃、授業で個人制作という時間があって。最初のきっかけはカバンを作りたかったことなんです。その頃は「革」ということに特別こだわりがあった訳じゃなく、単純にカバンを作りたくて(笑)。最初は布のカバンから始めて、そうすると必然的に素材として「革」が出てくるんですが、当時「ラグジュアリー」や「大人っぽい」というイメージに対して苦手意識がありました。 

 

──もう少しカジュアル寄りの方が良かった? 

 

切り崩したいとか、人が手に取りやすい、力まずに手にすることができないかなと思って、革に手を出したっていう感じ。苦手意識を持ったまま、それを変えれたらなっていう意識で革にずっと触ってます。 ある種、挑戦ですね。実際使ってみると面白さが分かってきて…革の良い部分っていうのは、完成している新しいものよりも、個人が使っていって、ストーリーが出来て、だんだん味わいが見えてくるその時こそが一番かっこいいと思えるようになりました。お客さんに商品をお見せすると、「新品よりもあなたが使ってるそれの方がいいわ」って言われる時があって(笑)革の面白い部分って、かっこよさだけじゃないそういう魅力だと思う。それを小さいものからでも伝えられたらいいのかなと。そういうことを考えながら革と向き合っています、悩みながら(笑)  「私にはまだ革のカバンは早い」「革って高いんでしょ?」という人が結構多いので、そう思ってる人にでも手に取ってもらえるものを作りたいですね。自分自身苦手意識があったので、こんなに面白いものを作れるよとか実はこれも革だよという感覚が強いかもしれません。 それとオタクっぽいところもあって。革を食べたこともあるし(笑) 

 

食べられるんですか!?

 

有害ではないものもあるんです!美味しくはないですけどね(笑)タンニンなめしという、植物の渋を使った自然なテイストのあまり化粧をしていない革をメインに使ってるので、傷や動物の血管の跡とか残ってたりするんです。 そういう表情をできるだけ残して、環境にも無害な「なめし方」があって。知り合いの職人さんがいうには、本当にいい「なめし」をされた革は、食べられるよって言っていました(笑)オススメはしませんが…。

 

 

──元々、革は生き物からいただく素材なので、そういうヒストリーも見え隠れするようなイメージで作品と向き合ってるんでしょうか?  

 

革って人が食べる食肉から取れた副産物なんですよね。 生き物から授かってるものなので、できるだけ無駄にはしたくないという気持ちがありますね。 カバンや小物を作って、それでも小さい革の端切れが出るので、できるだけ何かにしたいなと思ってピアスにしてみたり。 カバンには使えない傷が入ってる部分は、それを活かしてコースターにしたらいいかな、それもワンポイントでかっこいいんじゃないかなって。 そういうものの見方でできるだけ無駄にしないように使いたいなって思ってます。革に触れ合ったことが少ない人にも、 これなら使ってみたいなと思ってもらえたり。 革の端っこでも、経年変化は楽しめるんですよ。  


2.独学

──では2番目のワード「独学」にいきましょう 

 

大学時代に個人制作でカバンを作り始めたことが、革を手にするきっかけになったんですが、当時の先生は、鋳物(いもの=金属を溶かし、鋳型に流し込んで器物を作ること)を専門とする方だったので、革の専門的な技術を教えてもらうことはありませんでした。造形の表現方法や美しさという部分は学んだんですけど、カバン作りに関しては8、9割くらいが手探りしつつ独学で試行錯誤しました。 大学卒業した時におそらく変なプライドがあったのか、作りたいものを自分の手で1から10まで作ってみたいっていうのがあって、なんだかんだで人から教わるタイミングを逃して(笑)最終的に独学で今もやってきて、常に迷ってる…頭抱えながら舌打ちしながら(笑)うまく作りたいっていう気持ちが、もっともっとやってこうという想いに繋がってるのかな。 そんな中でも、知り合いの職人さんが増えてきて困った時はミシンの使い方を聞いたり。独学でやってるからこそ教われる時にはとことん聞いてみようとか。 

 

分からないんだから聞いてみよう、やってみようという精神から生まれる形があるんじゃないかってずっと思ってます 。自分で常に考えて、これがベストなんじゃないかな、「こうしたらどうだろう」「なんでここをこうしてないんだろう」と疑問を持ったり、「こうしたらもっと便利なんじゃないか」とか、「面白いんじゃないか」とかルールがないからこそできるんですね。 

 

 

独学でやってきてるからこそ、出せる個性があるんじゃないかなって思っています。 その個性を34年前にすごく出そうとしてた時期があったんですけど、ある時からそれすら煩わしくなってきて。自分本位で作れなくなったというか、お客さんの意見も聞きますし、自分だけの思いじゃない使う人のためのモノって思うようになってきて。逆に「自分らしさ」を意識しなくなってきた時に、知人から作品に対して「あなたらしいね」って言ってもらえて。「あぁ、出てきたんだな」 っていう。自分らしさを出そうとしてきて、それが自然とできるようになってきた。独学で悩みながらやってきたことが自分らしさを出すようになってきたのかなと。 


3.フィレンツェ

──次のワードの「フィレンツェ」はいかがでしょうか? 

 

久しぶりに大学時代の先生にお会いした時に「今も革でものづくりをしています」という話をしたら、「留学でもすればいいじゃん」って言われて。それが魔法の一言でした。全然考えてなかったんですけど、じわじわと気持ちが強くなりました。周りの人たちにも、作品を欲しがる人はきっといるから作ってみたら?と言われ、それでやっぱり留学してみようかなって。 

 

──フィレンツェを選んだきっかけは? 

 

イタリア、フランスをはじめヨーロッパは革の産地としてものづくりの文化が根付いているんですよ。特にイタリアのトスカーナ地方は革の産地として歴史がある上に有名なので、一度見てみたいな、本場のものに触れてみたいな、と。それで決意しました。…前のワードで独学って言ってるんですけど(笑)自分で作っていきたいという気持ちは捨てたくなくて、ガチガチの本気留学はやめようと。 2ヶ月だけという期間を決めて、工房を紹介してもらってそこで初めて人に教わる工程体験をして。  

 

授業がない時間は無駄にしないように、とにかく街を歩きました。地図も開かずに行き当たりばったり。「○○はどこですか?」というイタリア語を覚えて、行く先々で人に聞きました。 ずっと人見知りだったんですけど、そんなことは言ってられなくて、いろんな人と話すようになりました。 いろんな職人さんがいるので、気になる工房を見つけたら「ちょっと見せて」と言い見せてもらったりして。  

 

実は留学をしていたのは、ちょうど東日本大震災の時期だったんです。ある日、母からのメールで震災のことを知りました。家族は無事って連絡はきてたけど、勉強どころじゃなくなってしまって。糸が切れちゃったんですよね。 勉強したいけどそんな場合じゃないし、家族、友人、家のことが心配でそんな気持ちにもなれなくて。  

そんな時、面識もなく、顔も全く知らない日本人の方が、知り合いの職人さんを通して僕に100ユーロくれたんですよ。僕の話を聞いてこれをその人に渡してと。でも面識のない人から突然お金はいただけないと一度はお断りしたんですが、その方も何かしたいけど、どこにお金をあげたらいいかわからないから、困ってる人に直接渡して使って欲しいって言われました。 でもお金をもらってもどうしたらいいんだろうって思って…そしたら仲の良い職人さんから「こうしてても何もできないんだから、お礼がわりになんか作ったら?」って言われて。それがきっかけで机に向かうようになりました。ちょっとした革のブレスレットを作り始めたんですよね。1本10ユーロで売ったら、いろんな人が欲しい、買うよって言ってくれて。無気力だった自分は、あの100ユーロで救われました。ひたすら作って、買ってくれる人に売って。できるだけ人に会って。そうして何かが繋がったらいいなって。 200本ぐらい作って、100人ぐらい買ってくれた方に直接お会いして、写真を撮りました。 

 

最悪な状況だったかもしれないけど、こんな短期間にたくさんの人に会った経験をした人はいないと思うし、本当に貴重な経験したなと思います。日本に帰ってきた今でも繋がってる人もいます。 留学と震災をきっかけにして、「好き」だけでやってるだけじゃなくて、作らせてもらってる。ありがたく作らせてもらってるなって思います。  

 

 

あの時ブレスレットを買っていただいた方に、また会いに行きたいなと思いますね。震災から6年、自分がもっと作り手として成長したら手土産を持って行きたいな。忘れてる方も多いと思いますけどね。忘れてても会いに行ってその時作ったブレスレット見ながら思い出してもらえたら。  


4.工作

──では次のワード「工作」ですね 

これは自分が作品を作る上で大事にしてる部分で、どんなに好きで作ってても「仕事」としてやっていると辛くなることってあるじゃないですか。そこで生みの苦しみが嫌にならないように、「束の間の休息」的感覚で仕事以外の作品を作る時間を設けています。異素材を触って完成した時のワクワク感を取り入れたい。新しい空気を入れる、窓を開けるような。大きい作品で長い間作業した後に、一息つくように違うものを作りたい、違うものを作る。それが純粋に楽しめるし気分転換になります。木でスプーン作りしたり、テーブルの脚を作ってみたり。自転車をバラしてみたり。 実はこの服インタビュー時に履いていたパンツ)も作ってみたりとか…(笑) 

 

──革の作品とは別の工作ということですね。 

 

そうです、革の工作は束の間じゃできないので(笑)「束の間の工作」って言って、別のものを作成する、利益にはならない時間ですね。 一時期パンを作るのにはまったりもしてました(笑)植物の植え替えとかもあります。楽しさの確認というか、新鮮な気持ちになれる。いつも目を向けてるものとは違うものに触れて作ることを純粋に楽しむ時間です。 

 

──別なものを作るときは調べたりするんですか? 

 

基本瞬発力ですね。67割ぐらい下調べしてスタートしちゃう。 それの延長になるんですけど、自分の工房をハーフビルドで出来ないかなって思ってて(笑) 自分で出来ない部分はプロに任せて。できる範囲で内装など楽しみながら出来たらいいな。  

 

──いいですね、今作品作りは自宅で? 

 

自宅の一室でやってます。 自宅にミシンと革すき機ぐらいあれば出来ちゃうんで。あとは材料。6畳一間でちょっと手狭な感じでやってるんで、アトリエを作りたいと(笑)来年ぐらいまでにできたらいなと思いますね。瞬発力大事にしないと、熱が冷めちゃうんで(笑)


5.動物

──では最後のワードは「動物」ですね 。

 

犬とリクガメを2匹飼ってて。 2年前に自宅を再建して空間ができたので。昔から動物が好きで、抑えてた衝動が爆発して動物に囲まれた生活しています。 小さい頃は犬やを拾ってきたり、鳩を拾ってきたりしてました(笑) 

 

鳩!?

 

怪我をして飛べない鳩を拾ってきたんです。少年が虫取り網で鳩を捕まえて(笑)クワガタ採ったり、金魚を飼ったりもしてましたね。 出会ってしまうと抑えられないんですね(笑) 犬は最近飼い始めました。生き物がいるっていいでよね、制作の息抜きにもなりますし。 夜中に起こしてかまってもらったり(笑)首輪やリードを革で作ってみたりもするようになりました。そういう幅が広がりましたね。今のところはこれ以上動物は増やさないように、大事にして行きたいと思います(笑) リクガメはヒガシヘルマンリクガメっていう種類で30センチぐらいまで大きくなる種類です。動物と図工が大好きだったので、進路を考えるときも作る方面か動物に関する仕事かでぼんやり考えてたぐらいです。だから生活の中にいてくれたら楽しいなと思ってます。  

 

 

──今後の活動はどうしていきたいというのはありますか? 大学の仕事と革のお仕事の比重について。 

 

 

半々ぐらいでやれたらいいなと思ってます。 教育と研究の場にいることで、自分も吸収する部分もあるので、今はこの環境で二足のわらじで働いていきたいですね。ここに携わってるからこそ関われる人というのも増えたので。 異業種の人たちと一緒に活動することもできるようになったのは、この環境だからこそできることだと思います。革のボタンを木のボタンにしてみたり、革だけにとらわれず、いろんな人たちと繋がって作品を作る為のいろんなことにアンテナを張って行きたいなと思ってます。 自分一人で家にこもっていたらできないような、異業種との人との関わりから作れるものを増やしていきたいですね。  


型が決まっていないからこそできること、変なプライドが邪魔しないからこそ見えるもの。

「独学」からスタートした平間さんだからこそのお話に、深くうなづいてしまいました。

 

次回はどんな「ひと」のどんな言葉が聞けるのか楽しみです。お楽しみに〜☆

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#03  KEITA CANDLE (キャンドルアーティスト/仙台市)

わたしを形成する5つのパーツ

誰もがきっと持つ自分を形成しているものを、ゲスト本人に5つ、ワードを選んでいただきます。

そのワードを元にゲストを紐解いて行きます。ひとひと3人目のゲストはKEITA CANDLEこと川村景太さんです!

景太さんは専門学校の講師を勤めながら、キャンドルの製作販売をするアーティストとして多数イベントに参加されています。

キャンドルという特殊な分野のアーティストを始めたきっかけ、今後の活動などインタビューしていきます! 


1.キャンドル

▲「RIVER」by KEITA CANDLE

──よろしくお願いします。早速ですが、まず簡単な自己紹介をお願いします

 

出身は秋田生まれ、でも数ヶ月しかいなくてそのあとは宮城です。 転勤族だったんで、白石など転々としてましたね。なので仙台出身でいいです(笑) そこから就職で東京に。去年の3月まで東京でした。

 

──東京にいた時は何をされていたのでしょう?

 

レディースアパレルの販売です。配属が新宿の伊勢丹だったんですが、レディースの販売も、 東京も、一人暮らしも初めてだったのでかなりやられましたよ (笑) お初づくめで(笑) レディース販売から営業、退職して帽子屋に就職して店長までやった時に仙台の専門学校で担任の仕事のお話をいただきました。年齢的なことと、親も歳なので仙台に戻ってこいってことかな〜?と思い、仙台に戻ってきました。

 

──では早速、5つのワードに関してお聞きしていきたいと思います。最初のワード「キャンドル」 からお聞きしていきます!

 

キャンドルとの出会いはファッションの営業やってる時に、先輩に店舗でのキャンドルナイトのイベントに誘われて。キャンドルジュンさんのイベントで、結構芸能人も来てました。そんなにキャンドルを意識して見ていなかったんですけど、とても素敵だなと思って。そこからですね。あとは震災も影響しています。震災でキャンドルジュンさんがキャンドルを灯しているのを見て、綺麗だな、自分で作って灯すことができたらな…と思いました。ネットで調べて作り始めたんですがなかなかうまく作れなくて。しばらくして仙台に帰ってきた時、キャンドルのワークショップをやっていて参加したらやっぱり面白かったので、東京に戻ってから教室に通い出しました。作品 をSNSにあげたら結構反応があって。その時帽子屋だったのですが、これを副業、楽しみでできないかと思って続けていたんですよね。今も楽しいからやってる感じです(笑)

 

──きっかけはキャンドルジュンさんだったんですね、惚れたんですね〜

 

ジュンさんに惚れるって気持ち悪いですね(笑) 僕、たまにオネエって言われるんでキャラ的にやばいです(笑)

 

ジュンさんの作品が素敵だった、ということですね(笑) アーティストとしてキャンドルを作る人になるとは思わなかったでしょうか?

 

全然思いませんでした。ファッションが好きだから、ファッションに携わる仕事をずっとやっていくんだろうな、と思っていたので。キャンドルを楽しく作っていることが、仕事になって、キャンドルを見たい、販売してほしいという方がいるのはありがたいですね。それがまた東京じゃなくて、地元でできる。こっちでの繋がりがないのに声かけていただけて本当に楽しんでます。

 


2. ファッション

▲セレクトショップicons

──やっぱり楽しめるってことが一番大きい気がしますね。ではちょっと被りましたが2番目の「ファッション」は?

 

雑誌で読んで、中学生ぐらいからファッションに興味を持つようになり、絶対にファッション関係の仕事に就きたいと思っていました。あと両親が銀行員で真面目なんです。僕こんなんなんですけど(笑) 例えば家でご飯食べていて、食べ終わったら「お先に失礼します」って言ってから席を 立つ、みたいなそういうことやらされてたんですよね。すごく硬いし、親みたいな銀行員とか、公務員とかそういうのは嫌だったんですよ。スーツも着たくなかったし、自分を自由に表現できるファッションにすごく魅力があって。 実は僕、こう見えてすっごく人見知りなんですよ(笑) 率先して何かをやるのも苦手だったし、表現が下手というか。 でもファッションは別なものになれる。そこに魅力を感じるようになりました。

 

──いつからファッションの道に進むと決めたんですか?

 

ファッションの専門学校行ったんです。あとは仙台を出たかったんですよね。本場の東京で、どこまで登れるか、仙台では味わえないことを当時はできると思って。 東京じゃないと営業はできないですし。仙台だと販売員止まりか、店長とかエリアマネージャーまでしかなれないということを考えてました。管理職になりたかったので、ファッションを一生の仕事にするならどうやっていけばいいのか現実的に捉えてやっていました。でもそういうのが疲れちゃったのかもしれませんね。 そこで帽子屋にシフトチェンジ。現場の販売員さんの方がお客様と向き合って数字を作ってるのを見て、すごいと思うし営業はなんか違うなと思ってました。

 

そこからキャンドルにつながるんですね。アーティストといえど、販売もするから販売スキルって大事だと思うんですよね。 そういう意味ではやってきたことがちゃんと繋がっているんですね。

 

そうなんですよ。計算通りです(笑) 帽子屋やりながらキャンドル教室卒業した時に、日本キャンドル協会主催のイベントがあって申し込んでみたら、なんと通ったんですよ。そこから機材全部揃えました(笑) イベントでは自分がSNSで憧れてみてたキャンドルアーティストもいて、そのすごい環境で僕のキャンドルを知ってもらえて。完全に調子こきましたね〜(笑) でも嬉しかったです。声かけてもらえたり、購入してもらえる。 初のイベントで販売して、単純に嬉しかったしこれでやってきたいなと思いました。 僕は手先も不器用だし絵も下手なんで、服が好きでもデザイナーのように一生クリエイターにはなれないと思っていましたが、キャンドルがハマったのでこれなら表現できると自信になりました。何やっても正解はないだろうし、途中道が変わってもいいので結果的にたどり着ければいいと思います。今のところ楽しい道を歩ませてもらってます。


3.人

▲専門時代からの友人と

──では次のワードに行きましょうか 「人」ですね

 

人というのはご縁ですね。 今回のインタビューもそうですし、自分自身あまり人脈ないので、 仙台で活動できるのも、自分発信じゃなくて全部お話いただいてから、さらにそれを見てもらった人からという感じで。 今までの人生、さっきも言ったように引っ込み思案ですし、何かを先陣切ってやれる方じゃないので、それが今までの人生で会う人との場面場面で動かされる。この人面白いかから一緒に何かやりたい、イベントしたいとか。人の力は強いですね。

 

──人ありきですよね

 

自分よがりだとできないし、共感してくれる人がいるからこそだと、30歳過ぎてからよりそう思うようになりました。キャンドルもそうですけど、“もの”ありきだけど“人”ありき。 全て人、ご縁かなと。年齢的なことはあると思いますけど(笑) 


4.想像力

──それもありますよね(笑) では次の「想像力」は?

 

販売ではすっごく神経使っていて、お客さんがどんな人なのか、自分でイメージしながら接客していました。そういうのが嫌いじゃないんですよね。 休みの日とか、街中歩いていて変な人とか見ると、この人は何でこういうことするんだろう?と勝手に想像するのが好きなんですよ。考えるのが好き。ストーリーを決めちゃうんです。 他の人が、「この人は変わってて苦手」という人でも、 自分にとっては面白い存在なんですよ。何がどうしてそうなのかをイメージできるんで(笑)嫌いから入るんじゃなくて、面白いとこを見つけることから入ると広がるんです。 一回変な世界を味わって見て、ダメなら吐き出せばいいんです(笑) 新しい感性を味わうと、自分の世界が広がると思っています。

 

──新しい興味から拾うことが、作品にも生かされることありますか?

 

ありますね。キャンドルも何かのイメージから作ることが多いですね。

 

──想像力の豊かさがあるんですね。

 

引っ込み事案だからですかね、一回見て、考えて。でも結果踏み込んでいきます。

 


5.ラジオ

▲(右)エフエムいわぬま パーソナリティ猪股秋彦さん

──では最後の「ラジオ」は?

 

僕、ラジオが大好きで。テレビよりラジオ。自分の部屋でラジオをずっと聞いてましたね。深夜 ラジオも大好きだった。未だに聞いてますけど(笑)今はラジコとかyoutubeとか。 携帯でイヤホンしながら、音楽じゃないですよ、ラジオ聞いてます(笑) 一人でニヤニヤしてます(笑) ラジオとテレビの違いって、言葉で発信してるのを頭でイメージすることですよね。あと、話術!軽快なトークは自分の仕事にも少なからず影響してますね(笑) だからラジオは僕の中で大きいんです。 自分のラジオ番組持ちたいんです。 実は知り合いのミュージシャンの番組に少し出演させてもらっているので、いつかは自分の番組を!

 

──すごいじゃないですか!!景太さんの番組いつか聞けるの楽しみにしてます! 作品を作るときも聞いてるんですか?

 

聞いてますよ、全然集中できませんけど(笑) 面白すぎて聞き入っちゃうときは、僕音楽全然聴か ないんですけど、唯一自分の中でテンション上がってキャンドル作れるのが 「ボブ・マーリー」 ですね。オールシーズン、冬でもボブ・マーリー聞いてます(笑)

 

──ボブ・マーリーを好きになるきっかけがあったんですか? テレビで特集されてたのを見たとか???

 

確か映画を見たんですよね。映画見て、かっこいいなこの生き様と思って、DVDも買いました。

 

──音楽を聴くときはボブ・マーリー?

 

そうですね、音楽だけじゃなくて単純じゃないですか、ラスタカラー、象徴ですよね。 ドレッドと。音楽とドレッドと、ラスタ、それだけで一人の存在がパッと思い浮かぶって すごい存在だ なって思うんですよね。単純にそれだけでかっこいい。人として。 あんま音楽詳しくないんで、話 広がらないですね(笑) ラジオの話はいくらでもできますけど(笑) ファッションやアーティストや っているっていうと「音楽何聴くんですか?」とかよく聞かれるんですよ。 でも、僕ラジオ聞いてますから!!!って(笑) それがいつも困るんですよね(笑)

 

──話は変わりますが、今活動の場所ってどうされてるんですか?

 

実は先日宮町の方にアトリエを構えまして。年内中にオープンできるように準備してるところなんですよ。 それまでは自宅のアパートで製作してたんですけど、今年に入ってワンちゃんを飼いだしたんです、 ぷりんちゃん、可愛いんですけど、キャンドルの作業していると落ち着いて作れなくて。 置いてある作品も、噛まれちゃったりするんですよね。 前からいつかは小さくてもいいからアトリエ持ちたいなと思ってたんです。 あと将来ビジネスとして活動を続けていくにあたって、教室だったり販売だったり製作だったりをやる他に、いろんなアーティストさんと絡んで活動したくて。大きな場所じゃないし、宮町なんで知ってる人が来たいなと思ってもらった時に来れるようなぐらいが、逆にゆっくりやれるし自分がいいなと思うアーティストさんの作品も置けるし。街中じゃないからこそできるアトリエで始めて、そこから広がっていけばいいなと思ってます。

 

──今本業があるじゃないですか、両立はできてますか?

 

今はなんとか大丈夫ですね。でもちょっとキャンドル押し気味です。 嬉しいですけどね。タイミング的にはウエイトを変えていかないとなと思ってます。それを検証するためのアトリエでもあるんですよね。本拠地があって、そこからいろんなイベントで僕の存在を知ってもらって、月に何回かしか開けないアトリエだけど来てもらったりで どんなもんか様子見て、もっと楽しいことできそうだったら本業と言われるところを、もうちょっと減らすのかどうするか…

 

──実験段階なんですね

 

そうですね。いきなり全部を捨ててというのは。本当はできたらいいんですけど。今はそうやって両立できる環境なんで。今後キャンドルで食べていければ。 宮城でキャンドル作ってる人ってちょこちょこいるんですけど、どうやって販売していいかわからなくて悩んでる方に、僕のやり方を見せてあげられたらいいなと思っています。いろんな作家さんがいていいと思ってるので。あともう一つ、日本キャンドル協会認定校っていうのが仙台にもあるんですけど、習い事としてやってそこを卒業した後の出先ですよね。せっかく習ったらよりスキルアップしたいし、いろんな人に見てもらいたいし、買ってもらいたいから、 そんな出先の間口に自分がなれたらいいし、また違う技術を教えてもいいですし。 ファッションもそうですけど、東京じゃないとじゃなくてもっと地産地消で。地元のアーティストに作ったものを地元の人に買ってもらいたい。そういう場面ができてくればいいなと思います。 キャンドルを灯すことは主役じゃなくて、縁の下の力もちで、その空間を演出するっていうのが一番だから。 キャンドルはただ飾るだけじゃなく使ってもらわないと。キャンドルともして、綺麗なんだ、安心なんだっていうのを伝えたい。消費したくなるようなアプローチ方法を。そういう流れを作って見せてあげれたら、 僕みたいなアーティストさんが出て来てくれると思うんで。そしたら仙台の街もキャンドルっていうのが活性化していくんじゃないかと。去年仙台に戻って来て思ったことです。それを一番楽しみにやってます。その第一弾のアトリエですね。 楽しめてやれていることなので、無理がないですね。身の丈にあってるプラスちょっと目標を持ってやるっていうのがいいのかなと。

 

 

──未来へのビジョンができてるって、素敵!今後が楽しみですね!!!

 

楽しんでいきます!!!!! 


今回のゲスト、川村景太さん。

景太さんを形成する「キャンドル」「ファッション」「人」「想像 力」「ラジオ」

これらから見えて来たのは、景太さんが今を楽しむため方法そして、

今に行き着くために与 えられた運命のようなものを感じられないでしょうか。

今回のインタビューで一番印象 に残っているのは、「一度きりの人生だから」という景太さんの人生観でした。

人生は自分次第で 楽しくなれる!そんなことを景太さんから教わったように思います。

 

さぁ、次はどんなゲストへ繋がっていくのでしょう! 次回もお楽しみに!!